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146.収束(片桐side)
あの雨の日から、数日後――
俺は父に連れられて、とある墓石の前に立っていた。
「ここだ」
曇り空の下、父に数珠を渡される。
「彼女は少し前から海外で療養していたが、…1年ほど前に亡くなった」
墓石の前で屈みながら、父が俺の顔を見ずに話す。
俺はそれに僅かに目を大きくさせてから、墓を見つめた。
「彼女は、お前たちのことを心の底から愛していた。…それだけは、誤解しないでやってほしい」
父はそう言い、育て親であった母の前で両手を合わせる。
俺は彼と同じように、静かにその場に屈み、母の墓を見上げ見つめた。
母が、俺を愛していた……
『いいか、よく聞け。あの人たちは、“お前そのもの”が好きなわけじゃない。欲しかったのは、使える子ども。――ただそれだけだ』
心を縛っていたものが、ゆっくりと、
少しずつ、紐解かれていくのを感じた。
だけど……
「……俺は…間に合わなかった」
忙しない日々に追われ、彼からの連絡にも応えられず、彼女の本当の想いにも、生きている間気づけなかったということか…。
「いいや、彼女もきっと分かってくれている。私たちは、お前たちの境遇を全て知っていたからな」
父が穏やかな瞳で俺を見つめる。
「だが、お前にとって、また辛いものを背負わせることになってしまった。仕事だけが出来てはいけないな… 父親としての私は、恐らく昔も今も、未熟なままなのだろう」
「……」
「もちろん私も、お前たちのことを平等に愛していた。
ただ、改まって言うのがどうにも恥ずかしく、…その結果、お前や玲司を長く悲しませたのだろう。こんなにも、伝えるのが遅くなってしまった」
すまない。
謝る父に、俺は、いえと言って静かに首を横に振る。
線香を上げ終わると、父が立ち上がる。
俺は同じように立ち上がり、後ろ髪を引かれるように彼女の墓石を見つめ続けた。
「壮太郎」
声をかけられ、振り向くと、父が真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「お前と玲司はもう、中核である2つの会社を任されている。
……今はまだ、難しいかもしれないが。ゆくゆくはお前と玲司、”ふたりの力で”父としての私の立場も含め、会社全体を支え、引っ張っていってほしいと思っている」
俺は、父の話に何も言えずに顔を俯かせる。
沈黙を貫いていると、続けて父が言う。
「“彼”に、よろしくな」
そっと顔を上げると、父が微笑を浮かべて俺を見つめていた。
脳裏に彼の姿が浮かび、途端に、陽だまりのようなあたたかさが胸に宿っていく。
俺は父に向かって、
「……はい」
胸の奥に広がるぬくもりを噛みしめながら、控えめに笑って返事をした。
――
カラン、という音を立てて、カフェバーに入る。
「いらっしゃいませ〜……ん?まさか壮太郎か?」
グラスを拭いていたマスターの驚くような声に、俺は苦笑する。
「お前、ちょっと見ない間に大人になったなぁ。一瞬誰か分からなかったぞ」
「俺ももう社会人なんで」
マスターは、長かった髭を剃っており、以前よりも若々しい雰囲気が漂っていた。
カウンター席の前に立つ俺を見て、マスターが目尻に皺を寄せて微笑む。
「そうか…。懐かしいな。ヤンキーだったお前が、スーツだなんて」
「マスターには、これまでたくさんお世話になりました」
「やめろよ、辛気臭い。また、たまには店に顔出せよ、寂しいから」
それに返事をしようとしたとき、
「ソウさん!」
すぐそばで佐野の声が飛んでくる。
「……いたのか。お前」
「あっ!何スか!?その嫌そうな顔!」
相変わらずの金髪頭の彼が、心外そうなカオを浮かべて俺を見ている。
「あの…ソウさん」
「?なに」
「俺たちと、…これからも会ってくれますよね」
俺の格好を見て、何かを察したように落ち込んだ雰囲気を見せる佐野。
俺ははあ、と息を吐く。
「何の心配してるんだ。お前は」
「…え」
「俺は別に、ヤンキーだからお前たちと一緒にいたわけじゃない」
言うと、少し考えるようにしてしばし黙る佐野。
後に、目に薄ら涙を溜め、キラキラした表情を浮かべた彼が、俺を見てきた。
「ソ、ソウさん〜〜……!俺も!俺も!ただのヤンキーだけの繋がりだとは思ってないっス!俺たち、友達っ!ですよね!」
「……やめろ気持ち悪い」
抱きついてこようとする動きをみせる佐野の頭を片手で掴んで抑えながら、俺はふと店内を見渡す。
「黒崎は?」
いつも佐野の隣にいる彼が、今日は珍しくいないのか。
俺の監視役が終わったのだろうか。
「あ、黒崎ですか?なんか、人と会うとか言ってましたよ。確か、すごく”大事な話がある”とかで」
佐野の話を聞きながら、俺は店の外へと目を向ける。
さっきまで曇っていた空から、明るい陽が差し込む様子が見て取れた。
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