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第1章①ただいま、のはじまり
『初めまして!LUALAでーす!』
元気よく揃った声が、スマホのスピーカー越しに響く。
陽は助手席で、画面に映る“自分たち”をじっと見つめていた。車窓の外には、新しい町の風景が流れていく。
動画配信サイトに上がっている「最終合格者発表!デビューメンバー決定!」の映像。
それは、数日前の自分たちだった。
自分は、その真ん中に立っていた。
──『LUALA』のセンターとして、名前を呼ばれたあの日。
背丈も雰囲気もバラバラな5人が、少しぎこちなく、それでも誇らしげに笑っている。
誰かが泣いて、誰かが肩を抱いて、誰かが何かを言いかけて飲み込んで──そんな一瞬が、繋がって、再生されていく。
(……あの時の俺、なんか“それっぽい”笑い方してたよな。大丈夫だったかな)
半年かけて行われたオーディション。
5次審査まであった長い道のりを経て、俺たちは『LUALA』というアイドルグループとしてデビューすることが決まった。
動画を閉じると、暗くなったスマホの画面に自分の顔がぼんやり映った。少しだけ笑って、それを伏せる。
数分後──車が止まった。
今、目の前にあるのは──デビューの準備として与えられた、新しい「家」だ。
二階建ての一軒家。ウッドデッキのある、ごく普通の住宅。でも、門の脇に貼られた“関係者以外立入禁止”の紙や、室内に設置された固定カメラを見れば、この家が“仕事の場”でもあることは明らかだった。
メンバー間の関係構築を目的とした共同生活。……というのは建前で、オーディション中に配信された合宿や舞台裏の映像が好評だったことから、今後も密着コンテンツを継続する流れになったのだという。
玄関をくぐると、ほんのりと木の香りがした。
靴が並べられ、段ボールが積まれ、リビングの床にはすでにいくつかのキャリーが転がっている。
まだ誰も暮らしていない空気が、ここにはあった。
「うわ、広っ。ここ、俺らだけで使っていいの?」
そう言ったのは最年少の瀬川瞬 だった。荷物を玄関に放ったまま、リビングのソファに勢いよくダイブする。
「おいおい、壊すなよ。まだ座ってもないぞ、俺」
苦笑しながらツッコミを入れるのは、リーダーの高さん──葛城高規 。
海外に1週間行くようなサイズのキャリーケースを引いて、黙々と玄関に荷物を並べていく。
「陽くん、部屋、確認しに行こうか」
そう声をかけてくれたのは、奏ちゃん──三好奏 。
サブリーダーであり、メンバーの誰よりも落ち着いていて、まるでこの家に前から住んでいたかのような安定感がある。
「うん、一緒に行く」
俺──朝倉陽 は、その声に頷いて、階段を上がった。
最後に家に入ってきたのは、しの──篠原悠人。
一番荷物が少なく、肩からかけたボストンバッグと段ボール一箱だけを抱えている。
(……らしいな)
思わずそんなことを思ってしまった。まだ全然、しののこと、よく知らないのに。
――――――
部屋割りはすでに決まっていた。
高さんが一人部屋。奏ちゃんと瞬が二人部屋。そしてもう一つの二人部屋に、俺としのが入る。
オーディション中から何度か同部屋になっていたしのとは、不思議と気まずくならない距離感が保たれていた。
敬語もいつの間にか取れていたし、寡黙というわけじゃないけど、言葉を選ぶ人だと思う。俺が何を言っても、ちょっと考えてから、ちゃんと返してくれる。
引っ越しの荷ほどきの途中、ふと声をかけられた。
「……なあ、陽。これ、どっちの机にする?」
しのが、ベッドと机の配置を見比べながら俺を見ていた。いつもより少しだけ、表情が和らいで見えた。
「んー……どっちでもいい、かな。……じゃあ、しの、日当たりいい方、使って」
「……じゃあ、そうする。さんきゅ」
そう言って、しのは自然な動作で、俺の荷物のひとつを持ち上げて、ベッド横まで運んでくれた。
そういうところ、オーディションのときから変わらない。
(……変わらないのに、なんでだろう。なんか、あたたかい)
――――――
夜。共同生活の初日が、静かに終わろうとしていた。
リビングでは、瞬がソファで早々に寝落ちし、高さんが毛布をかけてやっていた。
奏は洗濯機のタイマーを確認しながら、明日のスケジュールをスマホでチェックしている。
湯気の消えたマグカップ、食器を片づけたあとの静かなテーブル。
それぞれの動きが自然で、音だけがやけに生活音らしく響いていた。
──誰かと暮らすって、こういう感じなのか。
篠原は、立ち上がって背伸びをひとつしてから、リビングをあとにした。
二階の自室。ドアをそっと開けると、陽はもうベッドに横になっていた。
天井をぼんやりと見つめながら、何か考えているような、考えていないような顔。
部屋の中には、シャワー後の柔らかい匂いがまだ少し残っていた。
俺は着替えを終えると、反対側のベッドに静かに腰を下ろす。
布団の中の陽は少しだけ身じろぎしたが、こちらを見ようとはしなかった。
同じ部屋にいる。会話はない。でも、そこに流れる空気は不思議と静かだった。
そんな沈黙の中、ふいに、ぽつりと声がした。
「……誰かと暮らすのって、変な感じ。でも……落ち着く」
眠る前の独り言のような、でもどこか真っ直ぐな声だった。
まるで、言葉じゃなく“気配”みたいに届いてくる感じがして、俺は自然と息をひそめてしまった。
(……陽が自然体で暮らせるなら、それでいい)
その気持ちに、嘘はない。でも。
こんなふうに、不意打ちで心を揺らされるたびに、思う。
(……ずるいだろ、それ。そんな声、聞いたらさ……気になるに決まってるだろ)
もしかしたら、陽はこの生活のなかで少しずつ“好き”を覚えていくのかもしれない。
でも、その隣でずっと見てる俺は──
それより先に、誰より早く、気づいてしまう気がしていた。
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