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第2章③MVの中にいた、知らない自分

沖縄から東京に戻って数日後、MVの初稿確認会が開かれた。 都内の編集スタジオの一角、ソファとモニターが並ぶプレビュー室に、LUALAの5人とスタッフ数名が集まっていた。 「お疲れ様でーす!今回、仮編集段階ですが、仮タイトル付きで通して観ていただきますねー!」 ディレクターの声に、瞬が「うぉーい!」と張り切った声を出し、隣の高さんに「静かにしろ」と突っ込まれる。 俺はいつも通り、端のソファに腰を下ろした。奏ちゃんは隣で静かにイヤホンを外している。 編集スタッフが再生ボタンを押す。モニターに映像が流れ始めた。 ──白いシャツが風をはらんで、砂浜を駆ける。 ──青空とドローンの追尾。 ──インタビュー風の横顔カット。 ──カフェテラスで笑い合う5人。 それぞれの顔が順番に抜かれていく。 瞬の眩しい笑顔。高さんのツッコミ顔。奏ちゃんの静かな横顔。しのの伏し目──そして。 「あ、」 思わず小さな声が漏れた。 映像の中で、俺が笑っていた。 海沿いの防波堤。風に煽られて、髪がふわりと揺れた瞬間。帽子のつばが陽射しを受けて影を落とし、ほんの一瞬、視線を落としたその顔。 驚くほど、素直に笑っていた。 口元が、まるで深呼吸みたいにゆるんでいて。どこにも力が入っていない顔だった。 記憶にない表情だった。 こんなふうに笑ったこと、あったっけ? ──いつのカット? 「これ、帽子の時のだよね」 隣で奏ちゃんがぽつりと言った。 帽子……。 一瞬、時間が反転するような感覚があった。 潮風、しのの指先、額に触れたときのひやりとした感触。軽く撫でられた前髪のくすぐったさ。キャップのつばが後ろに回されて、いつもとは違う視界が広がったあの瞬間。 あのとき、俺、こんな顔……してた? 「……え、なにこの顔……俺、こんな顔してた?」 小さく呟いた俺の声に、モニターの向こうからスタッフの一人が答えた。 「これ、カメラマンの安藤さんがオフショットで撮ってくれてたんですけど、すごく自然で、使ってみたんですよ」 「うん、いい顔してる」 奏ちゃんの声が、どこか少し嬉しそうだった。 そのとき、しのが何か言いかけたように視線を上げた。 俺と目が合った瞬間、ふっと口元を緩めて、ぽつりとつぶやく。 「……その顔、最強じゃん」 最強、じゃん。 それが褒め言葉なのか、茶化しなのかは分からなかった。 でも、しのの声は淡々としていて、どこにも飾りがなかった。ただの事実として、そう言ったみたいだった。 モニターでは映像が続いていて、スタッフの誰かが「映像の流れ的にもすごくハマってて」と話し、瞬や高さんが「いいよね〜!LUALAらしい!」と盛り上がっている。 でも、俺だけが、その一瞬から抜け出せずにいた。 “俺、こんな顔してた?” ずっとMVのために、“自然な笑顔”を作ってきた。 笑い方の角度も、目線の流し方も、全部意識して練習してきた。 その努力をしているときには、一度も見たことのなかった顔が、そこにあった。 何も意識していないときだけ── 俺は、こんなふうに笑ってたんだ。 体の奥がじんわりと熱くなって、気づいたら喉が乾いていた。でも、誰にも気づかれたくなくて、いつものように口元だけで笑ってみせた。 ── MVの仮タイトル『hikari』のテロップが映し出され、映像がフェードアウトしていく。 拍手が起こる。 「すっごくいいじゃん!このまま出してもいいくらいだね」 「タイトルも曲に合ってる〜」 俺はうなずいたけど、手のひらに滲んだ汗が気になって、そっと握った。 撮影中のことは、正直あまり覚えていなかった。 帽子のことも、前髪のことも、「しの」がいつもやってくれる、気配りのひとつだとしか思っていなかった。 でも──あの一瞬の自分の顔を見たとき、初めて知った。 俺はあのとき、何も“作っていなかった”。 意識してないときだけ、本当の自分が顔を出すなんて。 そして、その顔を引き出してくれたのが、他でもない「しの」だった。 ──もしかして、俺が“本当の自分”になれるのって、 しのの前だけ──なのかもしれない。

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