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市教委怪異対策課 聖の悪癖について | AZUMA Tomoの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
市教委怪異対策課
聖の悪癖について
作者:
AZUMA Tomo
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聖の悪癖について
及川聖
(
おいかわ・ひじり
)
は俺の大学時代からの後輩で、今は直属の上司にあたる人間だ。 そして、俺の恋人でもある。 元々実家住まいだった聖は大学生の頃から俺がひとり暮らしをしている部屋へよく遊びに来ていたが、社会人となって下宿から引っ越してからはその機会も減っていた。俺が公務員一年目のとき、あいつは絶賛卒論制作の期間だったため土日の時間の合うときだけ外で会うというような生活パターンになっていた。 聖が晴れて地方公務員試験に合格して、俺の後輩として怪異対策課で雇われることが確定的になった段階であいつはあいつでひとり暮らしするための部屋を探し、結果として俺の住むアパートの近くにひと部屋借りることになった。その際に同棲という案も出ていたが、聖自身はひとり暮らしの生活というものを送ってみたかったらしい。ひとりの自立した大人としての自分を実感したい気持ちはわからないわけでもなかったし、いくら恋人とはいえ職場でも私生活でも顔を突き合わせる羽目になるかもしれないことを考えると、聖の思いは尊重してもいいと思えた。 そんなわけで、俺たちは数年間は同じ職場に勤めて同じ地域で生活しながらも、住居は分けて過ごしていた。 しかし、俺が職務中の事故に見舞われたとき、俺たちの生活は大きな変化を迎えることになる。 事故の結果、俺は右目を失うことになった。 パソコン上で事故についての報告をまとめていた間に喉が渇いて、デスク上に置いていた冷茶入りのマグカップに手を伸ばす。 だが、マグカップは俺の指先に触れることもない位置にあった――というのは誤りで、右目を失ったことで物体の距離感を掴むことができていなかった。しっかり対象物に視線を向ければなんてことはないのだが、片手間で何かを取ろうとするにはまだ感覚が慣れていなかった。 そのときはまだただの同僚だった恋人の聖は、俺のそんな様子を隣のデスクで何度も目撃している。 事故に遭ったその日から何かと世話を焼くために俺の家へ出入りを繰り返していた聖。しかし、とうとうその生活に耐えかねたのかある日の夕食中に「俺、皐月さんの家に引っ越します」と告げてきた。 本来なら前向きな気持ちに溢れるはずの同棲宣言だ。実際、俺は恋人と同じ家に帰ることができるのは喜ばしいことだと思ったのだが、当の聖の表情は少し暗くて悲しげなものだった。 ――ああ、聖にこんなことを言わせたくなかった。 聖の表情を見て、俺の心は、それはそれは落ち込んだものだった。本当なら嬉しいはずの出来事なのに、きっかけが俺が事故に遭ったせいなのだから。いつも甲斐甲斐しく接してくれる可愛い恋人のそんな姿を見るのは流石に堪えた。 だが、本当に、本来なら「同棲をする」というのは嬉しい出来事なのだ。喜びに満ちていなくてはならない。 「お前が良いなら一緒に暮らそう。俺はお前と過ごせるのは嬉しいよ」 左目だけになってしまった顔に笑顔を作ると、右目に強烈な違和感を覚える。 ――やばい、花が。 その当時は慣れずに煩わしくて自宅では眼帯を外していたが、それが仇となった。俺は慌てて箸を置き、右目を押さえるが間に合わず、はらはらと右目の空洞から紺色に近いほどの暗い色の青い花弁が何枚も落ちてきた。 怪異退治の最中、俺はとある鏡に呪われてしまった。その結果、右目を失った代わりに『目は口ほどに物を言う』とでも言うかのように自分の気持ちが反映された色のバラをその空洞に咲かせることになった。 いくら表情や言葉を取り繕っても、俺の右目は嘘をついてくれやしない。 「……すみません、皐月さん。俺、余計なお世話を言ったかもしれない……」 それを見た聖がまた少し悲しみを濃くした表情で言う。 違う、それは流石に誤解だ。 だが、その聖の悲しみの表情が愛おしかった。何よりも俺を思ってくれていることが伝わる――俺よりもずっとずっと、真っ直ぐで素直な可愛い男だった。 胸がきゅうっと締めつけられる感覚がすると、その瞬間。深い色の青だった花弁が黄や赤の混じった鮮やかなバラに変化する。 どんな気持ちであれ、俺の右目は取り繕うことを知らない。 「……皐月さん、花びらが……」 「いや、これは、その……」 落ち込んでいた表情の聖が、今度は嬉しそうに笑ってこちらを見てくる。もう数年は社会人をやっているのに、まだ擦れていないようなあどけなさを残す聖。 そうだ、俺はこの男のことが心底可愛いと思っているし、愛している。だから、俺に向けられる真っ直ぐな愛情が、俺も素直に嬉しいのだ。 「……俺は、お前と暮らせるのは本当に嬉しいと思ってるんだ。きっかけがあんまりよくないものだったから……聖の生活を縛ることになるかもしれないと思って、さっきは少し、落ち込んだ。それだけのことだよ」 「そっか……でも、皐月さんが落ち込む必要なんかない。俺は皐月さんのそばにずっと居られるのは嬉しい」 「……せっかくひとり暮らしを謳歌していたのに、か?」 「ひとり暮らしはもう十分満喫したから、大丈夫」 食卓の向こうで銀髪の男が白い歯を見せてにっこりと笑う。 その笑顔がまた愛おしくて、黄が混じっていた花弁は見る見るうちにすべてのものが赤色へ変化した。 俺は大学時代にこの男と出会った偶然を、心の奥底より感謝した。 さて、俺が及川聖という男を愛しているというのは事実だが、それでも看過できない部分というものもある。 それは大学時代からなんとなく感じていた――というよりも見て見ぬふりをしていたところだったのだが、同棲するようになって顕著になった。 ヤツは「俺のすべて」に「執着」している節がある。こういう関係性だから多少そういう部分があるのはわかる。理解できる。俺だってそうだ。聖が可愛らしい女の子と楽しげに会話していたり、俺の知らない誰かから物をもらってきたりしているのを見ると、少し胸がもやもやする。いわゆる嫉妬だ。これは執着から発生する感情なのだが、こいつの「それ」は俺の「それ」をはるかに凌駕するということがはっきりわかってしまった。 ある日の朝食の出来事だ。 右目を失って以来、ほとんど台所に立つことのなくなった――火を扱うにはまだ危ないという理由で聖から台所に立ち入らないように言われていた――俺は、トーストやら目玉焼きやら紅茶が並ぶ食卓の上に見知らぬ小瓶がそこにあるのが当然のような感じで置かれているのを見つけた。その小瓶はラベルもなく、中には鮮やかな赤に近い桃色の粘性の高い何かが入っているのがわかる。おそらくジャムの類だ。 朝食にトーストが出るときには、バター風味マーガリンを塗るのが定番となっていたため、ジャムが置いてあるのは珍しいと思った。そして肝心のジャムの味は外から見ただけではわからなかった。イチゴでも、ブルーベリーでも、イチジクでも、マーマレードでもなさそうな色合いだ。だが、まあ。塗って食べればわかる話だ。 俺がトーストを半分ほど食べ終えた段階で、味変をしようと小瓶に手を伸ばすと、それを察した聖が「あっ」と声をあげる。 「まって、皐月さん」 「ん?」 「それ、香りが結構強いから、パンに塗るんじゃなくて紅茶に入れる方が良いと思う」 「あ……? そうなのか――んんん?」 「うん。いつもパンのときは紅茶淹れてるでしょ。それ用に作ったやつなんで」 「あ、このジャム、お前の手作りなのか」 「そう」 「へえ……」 聖は器用な男で、料理もそれなりに上手だ。また、美食家でもあった。だから何かしら新しいメニューに挑戦することも少なくない。紅茶にジャムを入れるという試みもなんら不思議なことではなかった。実際そういう文化圏はあるわけだし、俺たちもやってみよう、ということだろう。 作った本人が紅茶に入れた方が良いというならそうしてみようということで、小瓶の近くに置いてあったティースプーンでジャムをひと匙すくってみた。その瞬間にわかった。 固形部分が明らかに果肉ではない。これは花弁だ。小瓶の中から立ちのぼる芳しい香りもその正体を物語っている。 「……これ、バラジャム……?」 「うん、バラジャム」 なんでもないという表情でスマートフォンをいじくりながらこちらには目もくれずトーストを齧っている銀髪の男。 「……手作りって言ってたよな?」 「うん、俺が作ったよ」 「バラ……どこから手に入れた? まさかジャムを作るために買ったわけじゃないだろう?」 俺は嫌な予感がしていた。バラは高価な花だ。いくら美食家であるとはいえ、薄給公務員の身。ジャムにできるほどの量のバラを買ってくるなら、いつも食べているものよりちょっと良いブランド米を買ってきた方が安上がりだし、QOLも爆上がりだ。そんなことは聖もわかっているだろう。 俺の表情の変化に気づいているのかいないのか。目の前の男はスマートフォンをいじったまま、表情も変えずにこう言った。 「そんなの決まってるでしょ、皐月さんのバラ」 あっけらかんと返された言葉に、俺は呆然とした。 ――なんなんだ、こいつは……。 時折、聖の言動は俺の想像を超えてくる。嫌な予感がするとはいえ、予感そのものであってもらっては困るのだ。 こいつは大学時代に自分の平凡さや何かしらの個性を求めてくる社会の息苦しさに嘆いていた男だった。しかしこれのどこが平凡だろうか。なんとものびのびと変人をしているようにしか見えない。社会を息苦しく感じている因果はおそらく逆だ。個性を求めてくる社会が息苦しいのではなく、こいつが変人だから社会に息苦しさを感じているのだ。 聖はことあるごとに俺の右目から溢れ出るバラをねだっていた。せっかく綺麗なのに勿体ないとごねてごねて、あるときはどこから調達してきたかわからない小綺麗なガラスケースに入れて鑑賞したり、押し花にしようとしたり、それを見つけるたびに俺はその花を処分してきたのだが。 俺にとってみれば右目から生まれ落ちるバラは涙とか髪の毛とか爪とかそういったものと同じで、そんなものをとっておく理由もなかった。シンプルに言えば見た目が綺麗なだけのゴミだ。そして俺から排出されるゴミであるなら俺が好き勝手に捨てても文句はないだろうに、聖はことあるごとにごねる。ねだる。 聖がいくらごねてもねだっても、保管されているバラを見つけ次第捨てるというのが常態化しつつあったのだが、例外が存在した。 それは性行為に及んでいるときだ。 聖への愛情と興奮で、絶え間なく生まれ落ちるバラ。セックスのさなかにそんな大量のバラを処理している暇などない。そして聖はそのバラを欲し、食べたがるのだ。興奮で真っ赤に染まった頬の愛らしさと真っ赤なバラは芸術的ともいえる美しい光景で、俺のバラを食して興奮する聖を止めるほどの理性もそんなときには残っていない。 それはさておき。 俺が居なければいろんなやつと肉体関係を持っていたかもしれないと思うほど色狂いのこの男は、こちらの体力が尽きるまで性交渉を求めてくる。精も魂も尽き果てるという状況を大学時代から散々味わうこととなってきた俺だが、それは右目がこんな状態になった今でもそうだった。おそらくそのときなのだ。この男がバラジャムを作るほど大量の「俺のバラ」を採取できるのはその状況くらいしか考えられない。 ご丁寧に何十分も煮詰めて作られたバラジャム。食品にされてしまっては、無碍にするのも難しい。これは日本人の身に生まれたサガというやつだろうか。 「……バラジャムかあ……俺、苦手なんだよなあ……」 そして原材料はいわば「俺」なんだ。誰が自分自身を食べたがるだろうか。 食卓を挟んで向かい側に座る男はようやくスマートフォンから目を離して特に感動を見せることもなくトーストを平らげ、そして自身のティースプーンを手に、小瓶からジャムをすくい上げた。 「俺もあんまり得意じゃないよ」 そう言いながら自分のティーカップへジャムを溶かし入れる聖。 じゃあなんで作ったんだよ。 そう言いたかったが言っても仕方ないのは知っている。勿体ないからと言われるのが関の山。 聖はジャムを入念に溶かした紅茶を一口飲んで、ささやかな笑みを浮かべる。 「うん、良い香りだな……」 聖のささやかな笑みの中には確実な満足感が滲んでいる。 ティースプーンにジャムを取ったからには俺もそれをどうにかするしかなくなってしまい、聖に倣って自分の紅茶へジャムを溶かす。撹拌すればするほど、花弁が美しくひらひらと紅茶の中で舞い踊っていく。その様自体は綺麗だと思うのだが、俺から出てきたバラだと思うと複雑な心境だ。 「……でも」 「でも?」 溜め息混じりのどこか色を含んだ声に、俺はつい、その男と視線を合わせてしまった。 バチリとカチあった、俺よりもずっと明るい色の瞳の光。聖は俺のことを綺麗だなんだと褒め称えるが、俺はこの男の目つきや所作の方がよほど。 「ジャムよりも、やっぱり生で食べる方が好きだな」 どくりと心臓が大きく高鳴る。 マズイ。 非常に、マズイ。 でも俺の右目は、俺の気持ちを取り繕うことを知らない。 はらはらとバラの花弁が食卓に何枚も舞い落ちる。その花弁はオフホワイトやピンクや、そして深紅のもの、様々だ。 「恥ずかしいの? 皐月さん、可愛い」 「おっ、お前な……あんまり揶揄うなよ……」 嘘をつけない俺は、自分の顔が赤く染まるのもわかって、ますますバラを量産するだけの機械になった気分だった。言い返すこともできない。聖のうっとりとした視線に耐えられず、手元を見るとまだ新鮮な状態の花弁が紅茶の水面にひらりと一枚浮かんだ。 ああ、綺麗だな。 紅茶の風流な様に見惚れていると、頬に人肌の温もりを感じた。 いつの間に移動していたのか、しかし失明した右目の死角に聖が居ることはわかった。 「……勿体ない」 右耳に囁く男の声は低く艶かしい。 この感覚を俺は知っている。何度も何度も感じてきたものだ。聖の唇の感触だ。頬の輪郭を伝って、俺の右目にそれが到達するとちょっとした呼吸音と共に、生まれ落ちるバラが聖の口内へ引き込まれていくのがわかった。 〈終〉
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