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第30話

「……」  ハイリの目はぼくのことを見ていないように感じた。光のない瞳。それが今のハイリの目だった。 「ハイリ様。こいつにはきつく言い与えなければなりません。このスウェロニア家の長子であるハイリ様の背から声をかけるなど言語道断。鉄拳制裁が妥当かと思いますが……」  ダグリスの言葉はぼくの耳を入った後すぐに抜けていった。  なぜ? どうして、こんなことに……ぼくはただ主人であるハイリに再会の挨拶をと思っただけなのに。 「少年、オズワルドといったな」 「は、はい」  ハイリの声がぼくの体を硬直させる。 「顔をよく見せてみろ」  ぐっと勢いよく顎を掴んだハイリは覗き込むようにぼくの顔を眺めた。それは長く感じられ、ぼくの背中には嫌な汗がじっとりと滲んでいた。  その直後、フッと唇を上げてハイリが微笑んだ。しかしそれは歪んだ表情そのものにしか感じられなくてーー。 「うっ」  そのままぼくは顎を思い切りぶたれ、地面に倒れ込んだ。じんじんと痛む顎を押さえて体を丸める。 「知らないな」  ハイリの言葉が重くぼくの体に染み込んできた。嘘だと言って欲しい。なぜ、そのようなことを口にするのですか。あの温かな日々を忘れてしまわれたのですか?  その場から離れていくハイリの背を涙で歪んだ視界で追いながら、ぼくは声を出せないでいた。  シャルメーニュの寮館に帰ってきたぼくの心はズタズタに引き裂かれていた。甲冑を脱ぐこともできずに椅子に座り込んでいると、夕食を終えたウルクが帰ってきた。

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