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第63話

 ぼくはぽーっとして、レフさんが口をもぐもぐと動かすのを見つめていた。なにか見てはいけないものを盗み見てしまったような……妖しい気分になりそうで、ふるふると首を振った。  変なことはないさ。ただフロマージュを美味しく食べてるだけだ。フォークはぼくが使ったものだけど……手編みのバスケットの隙間からは未使用のフォークが見えていた。 「オズ。もう一口ちょうだい」 「あっ、はい」  言われるがままにフロマージュをすくい、レフさんの前に見せる。ん、と首を動かしてぼくに食べさせるように促してくる。だからぼくは心拍数を上げながら、レフさんの唇にフォークを押し付けた。柘榴色の唇が小さく開き、赤い舌がちらりと見えた。フォークを持つ手が震えるが、フロマージュがこぼれないように腕に力を入れる。 「ん」  レフさんはあむっとフロマージュを飲み込むと、舌で十分に味わってから喉元に流し込んだようだった。 「ぼくはこのくらいでいいよ。あとはオズが食べて」 「いいんですか?」 「いいよ。ぼくはもうお腹いっぱいだから」  ぼくはレフさんの言葉に甘えてフォークでフロマージュを突きだす。何度味わっても飽きない美味しさに「くぅっ」と叫んでしまいそうになる。  甘党のぼくはワチュールのフロマージュにぞっこんになってしまった。紙皿に載っていたフロマージュを全て口に含むとレフさんが 「リスみたいな顔だね」  と言って、くつくつ笑うのだ。それが恥ずかしくてぼくはそっぽを向いて食べたのだけれど、レフさんが唐突にぼくの唇に指先をあてた。

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