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第67話

 なんていったって、ぼくには鬼の先輩が教えてくれたとっておきの舞がある。  ぼくは自分を鼓舞するようにして胸元を叩いた。レフさんからは決勝戦に出れるだけでも立派だと褒められ、昨夜はちょっとしたお祝いでピスカと呼ばれる鉱石を削ってつくられたペンダントをもらった。青く澄んだひし形のペンダント。レフさんによればその青色は「海」と呼ばれる塩辛い水の色そっくりだという。ぼくはまだ海を見たことがない。生まれてからずっと炭鉱で生きてきて、ハイリに救われた後は森に囲まれたスウェロニア家で暮らしてきた。ピスカは高価なものらしく、市場に出回ることも珍しい石でわざわざぼくのために買ってきてくれたのだと聞いた。それを首にかけ、指でなぞる。とくとく、と心臓の鼓動が早まっていたのが幾分か落ち着いてきた。  ぼくはぎゅっとペンダントを握りしめて心の中で唱えた。  大丈夫。きっと上手に舞える。練習は何度もしてきたじゃないか。それをいつものように実践するだけだ。  それに、とぼくは目を開いて自分の姿と向き合った。  剣舞大会で3位以内に入った者には、特別賞として1週間寮長の仕事を体験することができる。寮長に直接教えを乞うことができるのだ。必ずしも自分の寮でなくてはならない、ということはなく勉強のため自分の所属している寮とは別の寮に体験に行く寮生も過去にいたと聞く。  それをぼくはハイリの側に近づくために利用したい。1週間もくっついていれば、きっと今より良い関係が築けるはずだ。そう信じて舞うだけだ。  シャルメーニュの下っ端のぼくがデューフィーの寮長であるハイリに会える機会は、ほとんど無いに等しい。だからこそ、この特別賞を説明会で聞いた時から死に物狂いでそれを手にしたいと決めていた。  ぼくはまだ、なぜハイリがぼくに酷い扱いをするのかを理解できなかったから。正当な理由があるなら聞き出すまでだ。

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