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第83話 レフさんはぼくに至れり尽くせり
それからのピシャランテ騎士団寮でのぼくの評価は著しく上がったようだ。ウルクがマヌカハニーを見舞い品としてくれた日以降、似たような見舞い品を他の寮生からもらったのだ。
「オズワルド様! こちらわたしの実家の牧場で作っている塩キャラメルになります。入院中は甘いものは禁止されていたでしょうし、ぜひお口に合えばお召し上がりください……! あの日の勇姿を決して忘れません。家族への手紙にも書きました。シャルメーニュの寮生である貴方が、デューフィーの寮長であるハイリ様を賊から救ったこと。同じシャルメーニュの寮生として誉高いかぎりです」
そう早口でまくし立てたのは、黒い丸メガネをかけた男の子だった。なんとなく、シャルメーニュの間で見たことがあるような寮生だった。ぼくは、塩キャラメルの入った包みを受け取ると目を伏せてお礼を言った。
「お心遣いありがとうございます。でも、ぼくはまだまだ騎士としての剣術には長けていませんから……」
取り繕った謙虚さゆえではない、ぼくの本心だった。剣舞大会では自分の持てる全ての力を発揮できたという自信はあるものの、剣術においてはまだまだ修行が必要だと痛感していたのだ。
しかし、その寮生はふるふると首を横に振ってぼくの目を真っ直ぐ見て言うのだ。きらきらと瞳を輝かせて。
「剣舞大会でのあの軽やかな身のこなしとバランス感覚。あれができるのはシャルメーニュでもオズワルド様しかいません! きっと剣術もすぐに達人級にマスターしてしまうでしょう」
同じ寮生からそうやって褒められたり、励まされたりしたことのないぼくには胸がくすぐったくなる言葉ばかりでなんだかそわそわしてしまう。
「ありがとうございます。お菓子、いただきますね」
「はい! それでは失礼します」
ぼくとその子が話している様子を他の人は円を描くようにして見ているようだった。
「さて、そろそろ講義室に移動しなくっちゃ」
身体に負担をかけないようにゆっくり時間を見越したつもりが、先程の会話に気を取られてもう講義が始まる時間に迫っていた。よちよちとひよこみたいに壁側の廊下を歩いていると、後ろからふわりと甘いコロンの香りがして振り返った。
「お手をお貸ししましょうか。お姫様」
ひらり、と手を振ってぼくに声をかけてきたのはレフさんだった。軽やかなステップでぼくの隣にやってきて、ぼくの持っていた本やノートを勝手に奪い取ってしまう。
「あっ」
「病み上がりの人は思いっきり周りに頼るもんだよ」
そんな柔和な笑みを浮かべて、ぼくの腰に手を回してくる。
ん、と?
なぜ、腰に手を?
ちんぷんかんぷんなぼくの頭では処理しきれない情報がわっと襲ってきた。
レフさんは鼻歌混じりでご機嫌な様子だし、実際に時間も迫っているからお手伝いしてもらえるのは助かるけど……。
ついつい、腰に添えられたレフさんの手を見つめてしまう。傷一つないすべすべの白い手。器用美人とはまさにこの人のことだ。
「さあ、講義室についたよ。終わったら迎えに来るからね。12時過ぎに講義室の入口の近くで待っているよ。お昼はとっておきを用意したから、楽しみにしていてね」
くす、と忍び笑いを持たせてからレフさんが去っていってしまった。淡々と歩いていく後ろ姿には上級生としての気品や育ちの良さ、凛とした性格の良さを感じ取ることができた。
ぼくはこのピシャランテ騎士団寮に来てから、一番最初に仲良くしてくれたレフさんに感謝してもしきれない。知り合いのいないぼくに優しくシャルメーニュの寮のことや、国王のことを教えてくれたお兄さん的ポジションの人。
なのに、ああやってさっきみたいにちょっと距離感が近いのは何でなんだろう?
普通の兄弟もあんな感じで大きくなってもくっついたりするのが普通なのかな?
ぼくは久しぶりの講義の間も上の空で、先生に当てられてもすぐに反応できなかったりしてどこか浮ついた気分で過ごしてしまった。
「おかえり。オズ。お腹は空いてる?」
約束通り、レフさんが講義終わりのお昼休みにぼくを出迎えてくれた。
「はい。お腹ぺこぺこです。朝ごはん、軽く済ませちゃったから……」
お腹を触っていると、不意にぼくの手のひらの上にレフさんの手が載せられた。ぴくり、と身体が固まる。レフさんはぼくの異変に気づく様子はなく、肩に腕を回してきた。
「さあ。行こう。今日のお昼ご飯はみんなでランチミーティングだ」
「らんちみーてぃんぐ?」
ぐいぐいと身体を抱き寄せられた姿勢のまま、レフさんに引っ張られる。校舎から離れ、見知った小道を通り過ぎると、前にアフタヌーンティーをしたガラスの邸宅の前に到着した。辺りには薄い水色のバラが咲き乱れ、甘く妖しい匂いがたちこめている。
ぼくは背中を押される形で邸宅に足を踏み入れた。
「いつまで待たせる気だ」
凛とした低い声。耳から入って胸の中に深く響き渡る。ぼくはテーブルに腰掛ける後ろ姿を見て肩の力が抜けてしまった。
だってそこには──。
「オズ。隣へ」
「は、い」
艶のある黒い長髪に、幾筋の束の白髪混じりのハイリが椅子に足を組んで腰掛けていたから。ぼくはレフさんの腕の中から抜け出すと、駆け出すようにハイリに近づいた。そして、無意識のうちに以前の仕草をその場で披露してしまったのだ。
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