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第85話 騎士寮生たちのランチミーティング
「お待たせ」
そうこうしているうちにレフさんが竹編みの籠を両手に持って戻ってきた。テーブルの上にゆっくり下ろすと、籠の中身を取り出し丸くて白い食器に乗せていく。
「ぼくも手伝います」
そう声掛けをして椅子から立ち上がろうとしたらレフさんに軽くあしらわれてしまった。目を伏せて言うから、長くて繊細な睫毛が影を作っていて綺麗だった。
「いいのいいの。オズはまだ病み上がりなんだしさ。それよりは大変お元気なハイリ殿のお手を借りたいところだけれど」
「……ちっ」
えっ!?
今、ハイリ小さく舌打ちした?
ぼくは今起きた現象が信じられずに思わず凄い勢いで振り返りハイリの顔をまじまじと見つめた。黒くて美しい輪郭を描く眉が迷惑そうに顰められている。瞳は絶対零度。その目に見つめられたら凍ってしまいそうなくらい、暗くて冷たい。
ぼくはレフさんとハイリが今にも喧嘩をしてしまうんじゃないかとハラハラして2人の様子を見守る。だが、事態は急展開を迎えることになった。遅れてやってきたとある人によって。
「やっほーう。遅れてごめんねー。講義が長引いてたのー」
「イルファ先輩……!」
この険悪ムードの2人の空気を断ち切ったのは、のらりくらりと悠々自適に生きるイルファ先輩の登場だった。イルファ先輩はまるでスライムみたいな人だ。何か障害物があるとそれを上手くすり抜けたり、小さな隙間を見つけて突破していくタイプの人なのだ。
ぼくはイルファ先輩がやってきたことにまずはほっと肩の力を抜いた。これでぼくがレフさんとハイリのバチバチ対決を止められなくても、剣舞の達人のイルファ先輩が上手く場をおさめてくれるはずだ。
そう、思ったのに……。
「わーい。今日は甘いのも辛いのもいっぱいだー。さあて、どれから食べようかな?」
イルファ先輩は2人のことなんて目にも入れずにテーブルの上に置かれた料理に釘付けになり涎を垂らす始末。
ぼくはがっくしと肩を落として、おそるおそる2人のバチバチバトルを観戦することにした。なるべく透明人間みたいに気配を消して。
「ハイリー? 君が微動だにしないからもうお皿に料理を置くのが終わってしまったよ? ぼくは君のママなのかな?」
レフさん。にぱにぱの笑顔だけど、引き伸ばされた目の線の横にはぴくぴくと青筋が立っている。
すっごい怒ってる……。こんなレフさん見るの初めてだ。ドッカーンってマグマみたいに怒るんじゃなくて、淡々と冷静に怒るタイプの人が一番怖いんだよなあ……。
ぼくはそう感想を抱いてから隣に座るハイリを盗み見る。その横顔はむすっとしていて、不機嫌な猫みたいだ。つん、と澄ましているところとか特に似てる。不意にゾフのことを思い出してしまう。元気にしているだろうか。水難救助犬としてたくさん成果を上げているといいな。
物思いに耽っていたらハイリがぼくを一瞥して口パクで何かを伝えてきた。こっそりと音のないサインを送ってくる。レフさんとイルファ先輩は気づいていないようだ。ぼくはその口の動きからハイリは『たすけろ』と訴えているのがわかって、身を奮い立たせてレフさんに向き直る。
「レ、レフさん! ぼく、お腹ぺこぺこです。もう食べてもいいですか?」
するとぼくの大きな声に驚いたのか、レフさんは瞬時ににっこりといつものお日様みたいな優しい笑顔を見せてくれた。
「うん。もちろん。たくさんお食べ。今日はぼくの屋敷のシェフが腕を振るって作ってくれたビュッフェだからね」
あれ? レフさん、すごく自慢げだ。よっぽどそのシェフを信頼しているらしい。
「そうなんですね。それじゃあ、お言葉に甘えていただきます!」
そう言ってぼくは既にもぐもぐサンドウィッチを食べているイルファ先輩の隣に立ち、お皿に盛り付けられた豪勢なご馳走から好きなものをピックアップした。
アップルパイ、きのこのミートパイ、サンドウィッチ、イチゴジャムクラッカー、塩バターパン、フリルレタスと黄色のハート型のフルーツトマトをいくつか。
ぼくはそれを大きな取り皿によそってから自分の席に腰掛ける。
「いただきます……!」
ぐぎゅーるる、とまたしてもぼくのお腹が大きく鳴った。今度はイルファ先輩も加わってぼくのお腹の音にちょっかいをかけてくる。
「なんだよオズー。お腹ぺこぺこなんだったら早く食えばよかったのにー」
そう笑いかけてくる。それに照れ笑いを浮かべていると、突如無骨な手がぼくのお腹に回った。それは背後からにゅっと現れてぼくの心臓を止めてしまうくらいの衝撃を引き連れてやってきた。
「こんなに薄い腹では騎士にはなれない。だからもっと食っておくのがいいだろう」
それはハイリの無機質な声だった。感情の見えない機械のような声。ぼくは背中から回ってきたハイリの逞しい腕に見とれていた。腕まで護る黒い革服は艶びていて滑らかな触り心地をぼくに想像させた。
「は、い。もっとたくさん食べるようにします……」
ハイリと目が合わせられないでいた。
こんな、皆が見てる前で近距離ってまずいんじゃ……。
その証拠にレフさんはぼくとハイリのやりとりをじっと見ていた。だけど、その表情は怒りとか悲しみとかそんな単純なものではなさそうで、ただぼくとハイリの間の空間を黙って見つめるだけだった。
レフさん。今日はいつもと様子が違う。なにかあったのかな?
ぼくは心の内で心配してから、後で本人に詳しく話を聞いてみようと思いフルーツトマトを口に放った。
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