88 / 91
第88話 翳りの兆し
それは、秘密結社の定例会議に呼ばれた次の日の出来事だった。
朝、けたたましい警報が寮に鳴り響き騒然とした。その警報は、国の一大事を知らせる時のために鳴らされる鐘だったからだ。
ぼくはその音に飛び起き、ウルクと共に部屋の外へ出た。廊下には同じく寝巻きのまま、状況を理解できずに戸惑う寮生の姿があった。
「皆、広間へ行け。そこで重大な話がある」
シャルメーニュ寮長のエリオ寮長が、ぼくらの背を押すように声掛けをしている。その声はいつもの優しい声音ではなく、緊張しているのか焦りの色が見えた。
いつもはげらげら大笑いしているようなお調子者のウルクも今回ばかりはそうはならずに、ぼくの後ろを黙ってついてくるだけだった。
広間には、デューフィー、カロス、シャルメーニュの寮生が全員招集されていた。
ぼくはレフさんを見つけると駆け足でその近くに寄った。いつもは温和な雰囲気のレフさんも、鋭い目つきで壇上を見据えている。壇上には黄金の甲冑に身を包んだ男が立っていた。
「ズニ国王が逝去された」
静まり返った広間に、王の側近である近衛兵の団長のウィル様が告げた言葉に、ぼくは頭に稲光が落ちたような凄まじい衝撃を受けた。
ウィル様は、スウェロニア家の現当主である。ハイリの父親だ。久しく見ることはなかったが、ハイリとよく似ていて勇ましい凛とした顔つきをしている。声は大地を這うように深く、よく響いた。
ウィル様はほとんどお屋敷にいたことはなかった。王家一族を護る剣として、盾としての役割をズニ国王が王位についた時から担っていたからだ。
ぼくはデューフィーの寮長であるハイリの姿を一目見たくて辺りを見据えた。
いた。最前列、右方。
ハイリの長い髪がひとつに後ろで束ねられているのが目に入った。白い絹のような毛束も見えた。
「逝去とは、病に伏しておられたのですか?」
カロスの寮長だろうか。法衣を身にまとい、厳かな雰囲気を持つ一人の男性が壇上にいるウィル様に尋ねた。
「光王は病死ではない。今朝、暗殺されたのだ」
「……っ!?」
力強い声が広間に響き渡った。そして、その衝撃は寮生たちの息を飲ませた。カロスの寮生は両手を合わせて祈りを捧げている。皆、項垂れ困惑していた。
あの、光王と呼ばれる知己に富むズニ国王が暗殺されるなどとはその場にいた誰もが思いもしていなかった。
隣に立つレフさんは顎に手をやり深く考え込んでいるようだった。
広間の空気がぴしりと張り詰めている。呼吸をするのも躊躇われる程に。
「動揺するのも無理もない。だが、お前たちはこの国の未来を担う若き騎士たちだ。前国王亡き後、王位を継ぐことが決まっているシス王子から命令が下った」
すうっ、とウィル様が深く息を吸った。直後の言葉にぼくの身体中の血が逆流したように騒ぎ出した。
「ズニ国王を殺した暗殺者を捕らえよ。生け捕りにし、王都へ運ぶように、と」
レフさんが何かに気づいたように顔を強ばらせた。
「シス王子自らが尋問を希望されている。この命令は最優先であり、ピシャランテ騎士団寮のお前たちにも力を発揮してもらう。異論は認めん。この後、わたしの側近によってグループ分けを行う。逃げたくなるような臆病者は今夜中にこの騎士団から抜けるがいい」
その瞬間、広間の空気ががらりと変わる。決意を新たに顔を上げる者もいれば、ウィル様から目を逸らし俯く者。
失意に満ちた項垂れた姿を見せる者はシャルメーニュ、カロスの寮生が多く、デューフィーには1人もいない様子だった。デューフィーの寮生は寮長のハイリを筆頭に鋭い目つきでウィル様の言葉を待っている。覚悟を決めた顔つきをしている。
ぼくは今まさに、この平穏だったピシャランテ騎士団寮の生活に大きな穴が空いたのを感じた。その穴は大きく、その奥には得体のしれない怪物が眠っているようで、決して開いてはいけないパンドラの匣が開かれた瞬間のように思えた。
ともだちにシェアしよう!

