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第91話 護衛隊とシス王子の同居スタート

「まず、お前たちには今日から2週間程度、ピシャランテ騎士団寮でわたしの指導を受けてもらう。シス王子をお守りするための剣と盾の役割を実戦形式で叩き込む予定だ。これが達成できなくば、王子の護衛は任せられない。あとは、全員のチームワークも高めてもらうつもりだ。もちろん、シス王子も共に」  ウィル様の言葉にぼくらは深く頷いた。すると、邸宅の窓辺に腰掛けたシス王子がぼくらを一瞥してにやりと唇を引き上げた。邪悪な蛇のような笑みに、ぼくは少し怯えた。背中を嫌な汗が流れているみたいだ。 「そういうことだ。お前たち、賊から俺に指一本触れさせないよう護衛を頼むぞ。期待の星たちよ」 「かしこまりました」  ぼくらは床に膝をつき、最敬礼の姿勢をとった。王子はそんなぼくらを横目に大きく欠伸をして腕を伸ばしていた。ひどく、気怠げな様子で緊張感などが感じられない。  シス王子自らが、父であるズニ国王の暗殺者を捕らえるよう命じたと聞いているのに、当の本人からは焦りや怒りが感じられない。なぜだろう。そんな疑問を持ったまま、ぼくらは邸宅全てを仮住まいとするようウィル様に命じられた。  キッチンやシャワールーム、バスタブもあるし、2階には複数の部屋があり寝泊まりもできるよう、毛布や枕などもウィル様によって用意されていた。  つまり、ぼくら護衛隊とシス王子は2週間この邸宅で一緒に暮らすことになるのだ。 「では明日の朝8時に、デューフィーの大円庭にて訓練を行う。それまで邸宅で休むように。言っておくが、わたしは息子たちにも手加減はしない。覚悟しておけ」  ウィル様が邸宅から去ると、残されたぼくらとシス王子に気まずい空気が流れた。王族のシス王子とどうやって一緒に暮らせばいいんだろう? 率先してお茶くみなどすべきなんだろうか? 王族への接し方に慣れていないぼくはあわあわとその場で立ち往生してしまった。  そんなぼくの焦りを落ち着かせるように、レフさんがぼくの肩に手を載せた。 「シス王子。我々を護衛隊に選んでいただけたこと、誉高く感謝しております。今後、シス王子を護衛する中で互いの信頼関係を結ぶために自己紹介をしたいと思うのですが……」  レフさんの穏やかな提案を、シス王子は遮った。 「俺にはハイリがいればいい。お前たち3人はその臣下だ。護衛隊に4人選べと言われてお前たちを選んだ。ハイリはデューフィーの騎士団長として名も高く、俺の獅子狩りにも同行し、過去に父上を賊から助けたこともある。実績があるからな。一方、そこの女のようなお前はハイリの頭脳に近いものを持っていると聞きつけて呼んだ。そして、異国の血を引いているお前は、剣舞が得意だと聞いた。異国の血を引いている分、多方面に都合が利くと思い、呼んだ。そしてそこのちんちくりん、お前は──」  それぞれの護衛隊のメンバーを呼んだ理由は明確で明快だった。ぼくはどきどきしながら呼ばれた理由に耳をそばだてる。  シス王子が選んでくださったんだ。きっと何か、意図があるはず。そう思っていたのに。 「おまけだ。お前、ハイリの腰巾着なんだろう? さっきの話、聞こえていたぞ。炭鉱で拾われてスウェロニア家の使用人、果てはハイリの弟になるとはやり手じゃないか。しかも、今は騎士を目指していると。お前は俺の気まぐれで選ばれたんだ。それを忘れるなよ」 「……はい」  ぼくはひとり項垂れてシス王子の言葉を聞いていた。それは事実で、空気が張り詰めていて、重かった。  ぼくはひとりぼっちになったように感じて、心が冷たくなっていくのを感じた。ハイリは何かを言いたげだったが、王子の手前口を閉ざしていた。 「そこのちんちくりん」 「は、はいっ」  不意に王子に名前を呼ばれ顔を上げた。 「|飯《めし》の支度をしろ。俺は腹が減った」 「はいっ。今すぐに……!」  指名されてしまったため、ぼくはキッチンに駆け足で向かった。柱時計を見ればちょうど18時過ぎ。お腹も減るはずだ。実際、ぼくもお腹が鳴りそうで緊張していたし。  でも、シス王子に召し上がっていただくものって何がいいんだろう? 料理は人並みくらいにしかできないし……。  キッチンで食材を選んでいると、背後から白い手が伸びてきた。それはぼくの伸ばした手に重なる。甘くてやさしい匂いは忘れたことがなかった。 「にいさま……」 「慌てなくていい。シス王子はお前をからかっているだけだ。俺も手伝う」  むにむに、とぼくの手のひらを握るハイリの横顔は何かを憂ているように見えた。手を握りしめてくれるのはすごく嬉しい。けれど、お食事の準備をしないと、ぼくだけじゃなくハイリまで怒られてしまうかもしれない。それは避けたい。 「おやおや、ハイリ。君は俺の相手をするよう言いつけたはずだが」 「っシス王子!」  ぼくはキッチンに音もなく現れたシス王子に驚き、近くに置いてあったバナナを床に落としてしまった。高い棚から落下し、べちゃ、と少し潰れたバナナを片付けようと腰を下ろすと、頭を押さえつけられて床に近づけさせられた。 「シス王子……なにを……」  ハイリの震える低い声にぼくの血が逆流したように熱くなる。ぼくは王子に頭を押さえつけられ、床に落ちたバナナに唇が当たりそうになっていた。 「食え。お前が落とした貴重なバナナだ。見ていてやる」 「……はい」  ぼくは猫のように身体を伏せて、床に落ちて潰れたバナナに舌を伸ばした。目頭が熱くなる。  なんでこんな、屈辱的な好意をさせられてるんだろう。シス王子はぼくのこと、気に入らないのかな?  嗚咽を堪えながら、バナナを口に含み喉の奥へ押し込んだ。味わいもせずに咀嚼する。  ハイリ、こんなぼくをどんな気持ちで見てるのかな。レフさんとイルファ先輩はお風呂掃除をしているはずだから、キッチンには来ないはず。それだけが救いだった。こんな奴隷みたいな姿、見られたくない。  なんとか、落ちたバナナを食べ終えることができた。その間も、頭を押さえつける手の力は衰えない。 「食べ、終わりました」  ぼくがそう告げると、王子はふむふむと頷いて今度はぼくの顎を掴んで持ち上げた。 「行儀のいい子犬だ。いや、子猫かもしれないな」 「……っ」  目を見開いて目の前の光景を見つめた。シス王子はぼくの口周りについたバナナを指で掬って舐めたのだ。 「かなり甘く熟している。今宵はバナナのパンケーキが食べたい。頼むぞ、オズ」  先程までの恐ろしい雰囲気とはうってかわって、シス王子はにこりと笑ってぼくの手を引き立ち上がらせてくれた。上機嫌な様子でキッチンを出ていく。もちろん、ハイリを侍らせながら。 「行くぞ」 「……」  ハイリは尚も何か言いたげにぼくを見ていたが、目を伏せて堪えるようにシス王子の後ろをついていった。 「なんだったんだろう、今の……とりあえずバナナのパンケーキ作らなくちゃ」  シス王子が気分屋なのか、はたまたぼくをからかうのが楽しいのか。真意はわからないが、独特な空気を持つ人だというのは出会ってまだ1時間もしないうちにわかった。  ハイリをとても気に入っているようだし、腕も買われているみたいだ。  変に気に触らないよう、王子への対応は気をつけよう。  パンケーキ用のミルクと卵、小麦粉を用意して一生懸命かきまぜる。こういう仕事をするのは、お屋敷で使用人として働いていた頃以来だ。  ピシャランテ騎士団寮に入ってからは家事はしてこなかったけど、身体が覚えていて頭で指示するより先にスムーズにこなせた。そのことに安堵する。  少しでも護衛隊の一員として力を尽くしたい。ぼくはぼくにできることで、シス王子を護ろう。  そう誓ったのは、庭先の金木犀が薫る秋だった。

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