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第92話 シス王子の我儘モードON
「ハイリ。お前の髪の毛は本当に艶々で麗しいな。俺の髪と三つ編みにしたらいいアクセントになる」
パンケーキが作れたのでリビングに向かうと、そこにはソファで毛繕いをするシス王子と、それに嫌々付き合うハイリの姿があった。
ちょうどお風呂掃除を終えたレフさんとイルファ先輩もリビングに戻ってきたので、配膳を手伝ってもらう。
シス王子はハイリの黒い毛束を掴み、自身の髪の毛と混ぜて三つ編みにして繋げて遊んでいた。大人びているようでいて、少し幼いところも見えて不思議な気持ちになった。
「王子、お食事の準備ができました」
一声かければ、ぴくりと形のいい耳を尖らせてぼくを見つめた。そして、テーブルに用意されたパンケーキを見るやいなや、早足で立ち上がりこちらへ向かって歩いてきた。けれど……。
「危ないっ!」
王子はハイリと繋げた三つ編みの存在を忘れていたようで、立ち上がったばかりのハイリと綱引きのように髪の毛が引っ張られて床に転びそうになっていたのだ。
ぼくは身軽さを活かしてシス王子が転ばないよう、体勢を崩した王子と、床の間にクッションのように潜り込んだ。ごつん、という音が聞こえてはらはらする。
ぼくは痛くても構わない。けれど、シス王子が痛い思いをするのはなんとしても避けなくちゃ。そう思ったら自然と身体が動いていた。
ハイリの髪の毛とシス王子の髪の毛をレフさんが器用に解いていく。その間、シス王子は無言で下敷きになったぼくの胸に顔を載せていた。
びっくりして動けないのかな?
ハイリの髪の毛とシス王子の髪の毛が解かれた後も、なぜかぼくにくっついたままの王子。
「ちんちくりん……」
「?」
ぼくを見つめる瞳の色は黄金で、それに吸い込まれるように息が止まる。王子はぼくに顔を近づけると、首筋に顔を埋めてきた。すんすん、と匂いをかがれる。くすぐったくて身を捩れば、それを上から押さえつけるように宥めてくる。
「そうか。お前の匂いだったか……」
「えっ?」
王子は一言そう洩らすと、ぼくを抱き起こして優しく立ち上がらせてくれた。
「……」
「わっ……」
無言で頭を撫でられた。ぶっきらぼうな触り方。それがこの人の性格なんだと理解した瞬間でもあった。
「オズ。大丈夫? 痛いところない? それとイルファ。なんで君だけ笑い転げてるのかな? スプーンとフォーク並べなさい」
「ごめんごめん。だってーオズが必死でかわいくて……」
「言い訳しない」
「はーい」
レフさんがぼくの身体をしっかり観察して痛みが無いか聞いてくれた。
「大丈夫です。ぼく、身体強くなってきたので!」
「それならいいんだけど……」
王子は席に深く腰掛け、そんなぼくらのやりとりをじっと見つめている。ハイリもぼくを一瞥してから、王子の隣に腰掛けた。
「わあー。おいしそうなバナナパンケーキだあ。これ、オズの手作り?」
「はいっ。使用人だった頃、厨房のお仕事もしていたので……」
イルファ先輩はぼくを褒め尽くして甘やかすタイプの先輩だ。褒めて伸びる子、とぼくを見ているらしく感情的に叱られたことは一度もない。
「おい、ちんちくりん」
「はっ、はい!」
和やかなムードから一転、シス王子に名前を呼ばれ即座に歩み寄る。隣に座るハイリはどこか鋭い目つきでぼくらを観察している。その表情はいつもの無表情で、何を考えているのかまったくわからない。
「毒味だ」
「わっ」
シス王子がフォークに突き刺したパンケーキとバナナの欠片をぼくの口にぐりぐりと押し付けてくる。ぼくはそれを零さないように口を開いて食べた。にやにやと口角を上げてぼくが毒味をするのを見つめる王子。
顔の距離が近くて、王子は綺麗な顔をしているから緊張するな……。あんまり至近距離で見ないで欲しいな……。
我ながら美味しく作れたと思う。90点はつけたいところだ。
「どうだ。美味いか?」
「はい。美味しいですよ。シス王子のお口に合えば嬉しいんですが……」
ふむふむ、と頷くと王子は口を軽く開いて待っている。真珠のように白く輝く歯並びのいい歯と、赤く熟れた果実のような舌が見えて頭がくらくらしてくる。大人の口って感じだ。
たぶんこれ、あーんの催促だよね?
はやくはやく、と言わんばかりに王子がぼくの着ている服のお腹辺りの布を引っ張った。
おそるおそる王子の口にバナナパンケーキを運ぶ。静かに口元にフォークを入れると、もぐもぐと口を動かしはじめた。そして直後、目を軽く見開きぼくをまじまじと見つめてきた。
「あの……?」
無言の間に耐えきれずそう切り出せば王子はご機嫌な様子でぼくの服を再度軽く引っ張った。
「もっとくれ。かなり美味だ。お前は料理が得意なんだな」
「お口に合えば嬉しいです……! いえいえ、全然並くらいです」
「そんな卑下するようなことを言うな。舌の肥えた俺の感想だ。素直に受け取れ」
「……はい。ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をする。
良かった……どうやらお気に召したようだ。キッチンの時見たく怒ってないみたいだし……。
ころころ表情が変わる王子に振り回されつつも、バナナパンケーキを気に入ってもらえたようで安心する。
隣ではハイリも口に運んでいたし、目が見開かれていてその後すごい勢いで食べてたからお口に合ったようだ。
「オズはやっぱり器用で頑張り屋さんだね」
レフさんはぼくのおにいさんポジションとして、褒めて褒めて尽くしてくれる。パンケーキを頬張ってにこにこ笑うレフさんのことが更に好きになった。
イルファ先輩はというと、
「んまあー! オズ。おかわり!」
「はい……今、焼いてきますね」
「ありがとうー! ほっぺた落ちちゃうくらいおいしいよ」
「そう言ってもらえて嬉しいです! ありがとうございます」
そんなぼくらのやりとりをハイリが見ていたことなどその時は知らなかった。
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