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第93話 おかわりバナナパンケーキ
イルファ先輩のためにおかわりのバナナパンケーキを焼いていると、キッチンに誰かが入ってきた。振り返りたかったけど、火を使っているから安全第一だと思いそのまま気づかないふりをした。
それがいけなかったのかな。
「わあっ」
「お前もちゃんと食え。腹が薄いぞ」
「にい、さま」
「他の奴らはお前を家政婦か何かと勘違いしているようだ。そんなに頑張らなくていい」
背後からハイリがぼくのお腹に右手を回す。すりすりと服の上から撫でられて、身体が発火したように熱くなる。心臓もばくばくと早鐘を打っている。
この心臓の音、にいさまにバレたくない……。
ぼくは緊張したまま手先だけは器用に動かして、パンケーキをひっくり返した。甘くて香ばしい香りに包まれて気持ちがやわらぐ。
あれ? どうしてにいさまは離れないんだろう。もう、パンケーキ完成するのに。
イルファ先輩のお皿にパンケーキとバナナを盛り付け終わっても、ハイリにはぼくから離れる素振りはない。
それが嬉しいような気恥しいような、2つの気持ちで揺れていた。
「オズ」
「はい」
「シス王子には気をつけろ。お前のことを気に入りはじめているようだ。無理難題を命じられることも多いだろう。さっきのキッチンでのことも、助けられなくてすまない」
「……いえ。にいさまが謝る必要はありません。王族の方ですし、ぼくたちに拒否する権利はありませんよ。むしろ、シス王子はにいさまのことを特別視されているように見えましたが……」
ぼくのさり気ない疑問に対してハイリは正確に答えてくれた。
「ああ。そのことだが……」
ずっと胸がもやもやしていたことの真相がわかる。そう思ったら、不意に力が抜けてしまった。半ばハイリの胸に寄りかかる姿勢になってしまい、戸惑いが隠せない。
「あっ。ごめんなさい……」
「……」
ハイリは無言で後ろから抱き締めてくれる。あったかくて気持ちいい。ハイリの体温を薄い布越しに感じられて、まるで胎児がお母さんのお腹の中に揺られているような心地良さを感じて気が緩んでしまった。
その時、キッチンに駆けてくる足音に気づいて、ハイリがぼくの身体を離した。
少し、寂しいけど……仕方ないよね。他の人には内緒だし。
「オーズー!」
「すみません! おかわりできました」
「もー待ちくたびれちゃった。あ、ハイリもおかわり?」
イルファ先輩がむうっと顔を膨らませてパンケーキの載ったお皿を持っていく。ハイリはその言葉に曖昧に微笑むと、軽くぼくの背を押してリビングに誘導した。前を走るイルファ先輩には見えてないから大丈夫。
背中に触れるハイリの手のひらが大きくて、無骨でやさしくて。すごく気持ちが落ち着いた。
「もう9時だ。明日は早いからそろそろ眠ろうか。部屋を決めなくちゃな」
レフさんが言った。レフさんとイルファ先輩が洗い物担当をしてくれる。ぼくも手伝おうとしたら、2人から「休んでなさい」と言われて、手持ち無沙汰で待っていた。
キッチンに一堂に会し、部屋割りを決める。シス王子は壁に背をもたれて眠そうに小さく欠伸をしていた。
「夜の護衛も必要だから、シス王子の個室には誰か護衛を付けよう。今夜は誰にする? 毎日違うメンバーで回していくことで、信頼関係の構築ができたらいいと思うんだけど」
「それなら、今夜は俺が護衛につくよー」
イルファ先輩が率先して手を挙げてくれたので、ぼくはほっと一息つく。王子と個室の部屋で2人きりなんて、ぼくの場合絶対何か起きるに違いない。プレッシャーだったから。
「それでよろしいですか?」
レフさんの言葉に、王子はふわぁと欠伸を洩らして頷いた。ちょうどお風呂ができた合図が鳴ったので、イルファ先輩がシス王子を浴室に案内する。おそらく、シス王子、イルファ先輩の後にぼくらがお風呂に入るようだ。
夕食の片付けが終わり、お風呂の順番待ちの間それぞれリビングのソファに腰掛けて休んでいた。
今日1日、一気に色んなことが起きてぼくの頭と心はすっかり疲弊しきっていた。
「今、部屋を見てきたら個室は残り3つある。ぼく、ハイリ、オズは今夜はそれぞれ個室で休めるよ」
「それは良かったです。ぼく、たまに寝言を言うことがあるって寮の同室者から言われてたのでご迷惑にならなければいいんですが……」
「同室者?」
レフさんはからから笑ってスルーし、明日の準備をするために部屋へ行ってしまった。けれど、ハイリだけが冷たい眼光でぼくの言葉を繰り返す。
「同室者はどんな奴だ?」
「ええと、小麦農家の出の大きくて力持ちな人でした。今夜、実家に帰ってしまいましたが……」
「そうか」
ハイリの質問攻めは尚も続く。
「さっき王子に作ったパンケーキのレシピはスウェロニア家のものか?」
「はい。使用人のツィンバルトから教わりました。ぼくに剣の持ち方を教えてくれたのも彼なんです」
「ああ。あの白髪混じりの顎髭の男か」
ハイリは少し懐かしむような表情でぼくを見つめた。
ああ。なんか懐かしいな。この感じ。
まるで、幼い頃に戻ったみたい。気を遣わないでいられる相手。沈黙がやさしい。喋らなくても傍にいるだけで落ち着く。
お風呂上がりのシス王子がリビングに姿を現した。バスローブ姿だが、胸元が大きくはだけていて目のやり場に困る。髪の毛は水分を含んで濡れていて、水も滴るいい男って感じだ。中性的な顔立ちだからか、たまに女性みたく見えてさらにぼくは焦ってしまう。女の子と関わった経験がぼくはほとんどないから……。
「オズ。今はイルファが入っている。俺とレフより先に入ってこい」
「えっ、でも……」
「いいから、行け」
「わかりました。お先に失礼します」
ぼくらのやりとりを見ていたシス王子が、くくくと笑う。何か面白いものを見つけた、とでも言わんばかりに。
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