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第94話 シス王子がオズを気に入り始めてる(side ハイリ)
「どうした? ハイリ。だいぶ機嫌が悪そうじゃないか」
「いえ、そんなことは」
「嘘をつけ。あのちんちくりんのことをいたく大切にしているようだな。俺がちょっかいをかけるのがそんなに嫌か?」
「……」
俺は目の前であぐらをかいて座るシス王子を横目に見てから、軽く溜息をつく。
まだオズとは初対面だというのに、やけに馴れ馴れしくあいつに触ったり声をかけたりする。王族でなければ詰めているところだ。
「そんなに弟のことが大事か。俺には、弟だからという意味では足りないような気がするが」
「からかうのは控えてください。オズはまだ13歳です。大人の戯れにはまだ早い」
「ふふん。お前だってまだ16の餓鬼だろう。25の俺には、2人ともまだ赤ん坊だ」
「……」
年齢のことで退けようと促したのに、逆に年齢のことで遊ばれてしまった。獅子狩りに同行した時から思っていたことだが、シス王子はどこか悪戯っ子のような節があり、周りの人間を振り回すことを楽しんでいる時さえある。
余計に純真無垢なオズとは関わらせたくなったが、父上の命令とあれば反論はできなかった。王族という身分の手前、護衛隊も誰も王子に逆らえない。
「やはり俺のほうが一枚上手だな。ハイリ」
「……」
「お前が口を噤むのは、単に機嫌が悪いか深く考え込んでいるかの二択だな。獅子狩りの時もそうやって作戦を立てて見事に獅子を捕まえただろう? 傷つけずに、的確に。その時からお前の能力は買っている。だから特段大きな心配はしていないが、ひとつだけ言うとするなら……」
その先の言葉を俺は聞きたくなかった。いつか来る決断の時の非情さをわかっているから。
「俺とオズが危険に陥った時、俺を優先して助けられるかどうかは少し心配している」
「……っ」
「顔つきが変わったな。面白い。わかってきたぞ。冷酷無慈悲と呼ばれるお前にも弱点があるようだ。これは良い収穫ができた」
くくく、と笑う王子の瞳は蛇のように細められている。
「シス王子。ひとつ約束してください」
「ああ。お前の頼みだ。聞いてやろう」
俺はゆっくりと懇願するように願いを告げた。
「俺の身に何かあった場合、護衛隊の中でオズだけは助けてあげてください。レフもイルファも騎士として十分な力を持っている。けれどオズはピシャランテ騎士団寮に入寮してから半年と少ししか経っていない。俺の目から見ても騎士としてはまだ赤ん坊に近い」
俺の言葉を王子は黙って聞き入り、少し間を開けてから呟いた。
「そうか。わかった。その時にはお前の望みを叶えよう」
「……感謝します」
「ふふ。お前が俺に感謝をする日が来るなんてな。明日は大雪が降りそうだ」
そんな会話をしていた時、イルファが風呂から上がってきた。ターバンのように髪の毛をタオルで巻いて近づいてくる。
「何の話?」
「別に」
イルファの問いから俺は逃げた。王子はふわぁと再び欠伸をして、イルファに命じる。
「イルファ、俺を部屋へ連れて行け。もう休む」
「はい」
階段を上って2階へ上がる2人の後ろ姿を見送ってから、やっと緊張の糸が緩んだ。
どうにも、シス王子といると気が張るな。王族なのだからそれはそうとしか言いようがないのだが……。ズニ国王は温和で名君と呼ばれていたためか、人当たりもよくこんなに緊張しなかったんだが。例え親子でも性格はまるきり違うな。
「なんだ。ハイリ。やけに考え込んでいるじゃないか」
自室のベッドメイキングを終えたと言うレフが傍に寄ってくる。
俺は明日の実戦形式の訓練に備えるためにはやく休みたかった。だから言葉少なに友人であるレフに告げた。
「今回のズニ国王暗殺の件、お前はどう見る?」
「……そうだな。ズニ国王は最近、国境南西部の大攻略をしていたから、それが発端ではないかと考えている。パルーアに無理やり国を奪われた者が暗殺者となった例も過去にある。お前が剣名式で光王を助けた時のように」
光王──それはズニ国王の愛称である。自国の民を愛し、国民に愛され親しまれた王。自らの国の人間を『我の子』と呼び、大切にしてきた。
過去の王族の中で最もパルーア建国の祖であるテバに近い姿形をしていたと、テバ教の者からも信頼に厚い王だった。
不作が続く小麦や野菜を育てる農民へ税率引き下げの命を出したり、道路の整備など公共事業も幅広く行ってきた。まさに、光の王である。
もし、そんなズニ国王を暗殺するとなれば自国民である可能性は低い。やはり、他の民族の者かあるいは王家に盾突く敵国の仕業か。
「俺はまだ見極めている途中だ。これは国を揺るがす一大事だ。だが、今日のシス王子を見る限りでは過度に落ち込んだり、怒りに震えているようには見えなかった。もともと、ズニ国王との仲も特別良い悪いなどは聞いていないが……。なんにせよ、ここからパルーアは大きく変わるだろう。国の転換期に入る」
「そうだな。ここからが正念場だ。ズニ国王を暗殺した者が次はシス王子を狙うかもしれない。それを防ぐために俺たち護衛隊が選ばれた。とにかく、暗殺者の目的がわからなければ見当がつかない」
「ああ。そうだな。明日からは訓練を通してチームの連帯感を強めていく必要がある。もちろん、護らなければならないシス王子にも協力してもらわねばならない」
「そうだな」
ちょうど会話が途切れた時に、オズがリビングに現れた。寝巻きに身を包んで髪の毛を拭いてこちらに歩み寄ってくる。つやつやとした金髪がくるくると軽くカールしていて、その毛先が襟足まで伸びている。おそらく、髪の毛を整える暇もなく寮生活を送ってきたのだろう。
「ハイリ。先に入ってきなよ。俺はオズの髪の毛を乾かさなきゃならないから」
「えっ?」
自分で髪を乾かそうとしていたオズが手を止める。レフがドライヤーを奪い取ってオズの髪の毛を乾かし始めたのを見て、少し苛つく。けれど、そんな情けない姿をオズに見せるわけにはいかない。
俺はまったく気にしていないフリをしてシャワーを浴びにいった。
「オズ。入寮してから髪の毛も身長も伸びたね」
「そうですね。気づいたら伸びてました」
「いつかハイリの背を超えるかもね」
「どうでしょう? ぼくは何年経っても小さいままかもしれませんよ」
「小さいオズもかわいいが、大きくなったオズを見るのも楽しみだな」
「レフさんってば……」
くすくす笑いの起こるリビングの2人の声を聞いて、ひとり呟く。
「なんで俺はあいつの傍にいてやれないんだ。今も、昔も」
──オズ。必ずお前を護る。この命にかえても。お前が俺を命懸けで助けてくれたように。
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