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手紙

拝啓  長らくの滞欧、御健勝にてお過ごしのことと拝察申し上げます。母上様も折にふれ御身を案じておられますゆえ、何卒ご自愛専一に願い上げます。  さて、このたび、神蔵家の長子咲殿、十六歳をもって、当家に書生として住み込ませることと相成りました。  御承知のとおり、神蔵家は旧公家の名門にして、かつて朝廷にも深きご縁を有した由緒ある家柄ながら、時勢の波に翻弄され、家運次第に傾きし折、父君・雅聡殿は不慮の事故により世を去られ、その後、母君も持病の悪化により臥せられる日々が続いております。まさに風前の灯と申すべき状況にございます。  咲殿は、幼少より学才に富み、言葉遣い古雅にして礼節をわきまえたる人物と聞き及んでおります。つきましては、壮史様のご帰朝を見据え、教育の一助として迎え入れること、当家にとりましても誠に意義深きことと存じます。  東京にての暮らし、勝手の違いに戸惑うこともあろうかと存じますが、折に触れご配慮賜れれば幸甚に存じます。  右、まずはご報告まで申し上げます。 敬具 明治三十三年十月十八日 家令 石垣 追伸  咲殿は、若き日に壮史様が落とし壊された花瓶を、今もなお修理し、机上に置かれておるとの由。  些か不思議な縁を感じた次第にて。

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