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十三 予感
かすかに甘く、涼やかな香りに目を覚ます。
窓から射す光と、鶯のさえずりが、ゆっくりと朝を連れてきていた。
枕元の香袋をそっと手に取る。
あの日、誠さんが少し照れたように渡してくれたものは、この香袋であった。
藍の綸子に包まれた香木が、やわらかく、ぬくもりを帯びて香っている。
母に買ってきてくれた薬草は、一緒に手紙を添えて送った。誠さんのあのやさしさが、母の身体を少しでも和らげてくれていればいい。
懐かしい、柔らかい笑顔が瞼に浮かぶ。
――試験が終わったら、久しぶりに母の顔を見に帰ろう。
立ち上がって窓を開けると、風が頬をなでる。
窓際の花瓶の中には、もう白い花の姿はなかった。
……あれから、一ヶ月が経つ。
あの雨の日――壮史さまとふたり、ずぶ濡れになった、あの日から。
翌日僕は熱を出して寝込み、それ以来、壮史さまの姿も、誠さんの姿も、すっかり見かけなくなった。
壮史さまの部屋には鍵がかかっており、書斎の整理も約束のまま。
壮史さまは元来多忙な方だが、今日はお戻りになると石垣さまが言っていた。
西園寺さまというお方が、ご縁の話にいらっしゃるのだとか。
誠さんの方はというと、家のご都合で、しばらくお休みをいただいているそうだ。
未だお礼も言えないまま、ただ香袋を握る。
『――ほな、これは試験、頑張れってことでな!』
あのときの、寂しさをごまかすような笑顔が、ふっと瞼に浮かぶ。
この香りに包まれていると、誠さんがすぐ傍で励ましてくれているような……そんな気がした。
明日はいよいよ、帝都学術院の試験。
革表紙の帳面には、毎日少しずつ積み重ねてきた努力の記録が詰まっていた。
やるしかない、と気を引き締める。
「――咲さま、お目覚めでしょうか?本日、十時に客間へ。ご当主さまが、西園寺さまにご挨拶をお願いしたいそうです」
扉の向こうから、侍女の澄さんの声。
「――はい。参ります」
そう返事をすると、着物の襟元に手を添えて、そっと左右を揃えた。
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