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十六 金色の廊下
いつの間にか、日が傾いていた。
長い廊下を、金色の光が静かに横切っている。ステンドグラスの縁が淡くきらめき、硝子越しの空は、白金色ににじんでいた。
時間の感覚はとっくに失っていた。音も温度も遠くで揺れているようで、僕はそれを夢の外から眺めているみたいだった。
ふらりと角を曲がった先に、石垣さまの姿があった。
誰かに小声で何かを伝えていたが、こちらに気づくと動きを止めた。すぐに言葉を切り上げ、静かに歩みをこちらへ向ける。
その佇まいが、どうしようもなく落ち着いていて、なぜか少しだけ泣きたくなった。
石垣さまは何も言わず、僕の肩にそっと手を置き、崩れた帯を結び直してくれる。
慣れた手つきだった。迷いがなくて、でも、どこか痛ましげだった。ずれていた紐を元の位置に戻し、緩んだ襟元を整える。
その指先が、あまりに穏やかで、僕は胸が詰まりそうになった。
「……石垣さま」
声が、自分のものじゃないみたいだった。
「壮史さまって……どんな方なんですか」
先ほど彼にされたことを思い出す。
僕には、何も分からなかった。
石垣さまの手が、ふと止まった。
それから、ほんの少し間を置いて、また動き出した。最後の皺を整えて、手を引く。
僕の顔を見ずに、彼は低く、静かに言った。
「とても、弱い方です。……孤独で、不器用で、……愚かでいらっしゃる。けれど――」
一瞬、揺れた瞳を隠すように目を伏せる。
「……私にとっては、かけがえのない宝です」
その言葉が、どれほどの重みを持っていたか、僕にはすぐに分かった。
そして石垣さまは、胸の奥から何かを掬い上げるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「そして……同じように、咲さま。あなたも、大切な宝です」
僕が……?
いつもは僕を咲君と呼ぶ石垣さまが、この時だけはなぜか咲さまと呼んだ。
「咲さま。あなたの道は、稔さまでも、壮史さまでも、誰のものでもありません。あなたの未来は、あなたのものです。……どうか、ご自分の人生を、歩いてください」
「……未来……」
ぼんやりとした意識の中で、ぽつりと呟いたその言葉が、どこか遠くで響いたような気がした。
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