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二十三
扉は開け放たれたままだった。
咲が出ていった瞬間、部屋の空気ががらんと変わってしまった気がした。まだ彼のぬくもりが残っている寝具の皺を、僕はそっと撫でる。
あの綺麗な顔に、隈が浮かんでいた。きっと眠れなかったのだろう。
……嬉しかった。
彼のなかに、僕が残るなら――どんな形であっても、それでいい。憎まれようと、嫌われようと、何も残らずに消えてしまうよりはましだ。
この空間で、声も、呼吸も、涙も、すべてが僕のためにあった。それが、たまらなく愛しかった。
「……石垣、いるんだろう」
言うと同時に、音もなく石垣が入り口に姿を現す。
彼はひと呼吸の後に口を開いた。目の奥に、深い悲しみを湛えていた。
「壮史様……官憲(※警察)より、お目通りをと仰せつかっております。すぐにでも――お出向きいただかねばなりません」
『軽蔑します』
先ほどの咲の声が耳に響く。
「……わかっている。だが、少しだけ、……時間をくれ」
彼がうなずく。目線が部屋の奥をかすめ、布団に残る痕跡を見とめたようだった。咲の気配は、まだそこに満ちている。
「このことは他言不要だ」
石垣が小さく息を呑み、また無言でうなずく。
「石垣。咲君が、この屋敷から一歩も出ないように。必ずだ」
ため息をつき、椅子に深く身を沈めた。
「それと……湯を張ってやって欲しい。あの子はきっと一晩中眠れていない。温かいものを、何か口にできるようにも」
「かしこまりました」
石垣が静かに部屋を辞す。閉じられる扉の音が、やけに遠く感じられた。
咲の残り香が、まだ消えない。僕はその香りに、唇を触れさせるように目を閉じた。
僕は、咲の濁液を舐め取ったのだ。
今、僕の中に――咲がいる。
言いようのない昂ぶりに、僕は僕自身を抱きしめた。
もう戻れない。
でも……それを望んでしまったのは、僕だった。
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