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第4話

それからすぐにチャンスが来た。 金曜の昼、「今日夜来れる?」と高堂くんからメッセージが来ていた。 「行く。残業あるから20時過ぎになる」と返しておいた。 「また?」とすぐに返事が来る。 3日前も、実は高堂くんの家に行った。 その日はど平日だったので流石にお泊りはできないな、と思って言い出さなかったけれど。 その日もその前も、残業があって家に行くのが遅かった。 行くのが遅くなると、その分、終電までの時間が短くなる。 終わりの時間をせかされることが、高堂くんはどうやら嫌いらしい。 「うん、ごめんね」 それだけ返すと、俺は慌てて営業周りのために会社を飛び出した。 新社会人から営業職に就いて早2年目。 まだまだぺーぺーの俺にゆっくり昼飯を取る時間なんてない。 ---------- なんとか今日のタスクを終えて、慌ててすぐの電車に飛び乗る。 飯は…、コンビニのおにぎりでも移動中に食べるか。 急ぎ足で書類の処理をしたから不安だ… 念のため明日も出社しようかと考える。 駅から高堂くんのアパートに行く道程にさくっとおにぎりを食べ、彼の家に入る。 鍵はいつも通り開けられていた。 鍵を閉め、部屋に入ると彼は映画を見ていた。 「お邪魔します」 「…」 「それ、新作だよね。面白い?」 「…ん」 「そっか」 いつも通り画面を凝視したままこちらを見ない。 こんな雰囲気で「泊めて」なんて言い出せるか、俺。 「お風呂借りるね」 いつも通り、風呂場に向かおうとしたら「飯は?」と声を掛けられた。 「え?」 「食べたの?」 「あ、うん」 俺がそう言うと、彼は立ち上がり、俺の目の前に立つ。 唇が触れ合うんじゃないかって近さまで彼がかがむ。 高堂くんは、最近時間に余裕があるからジムに通い始めた。 185cmの彼は会ったばかりの時は細身でシュッとしていたから女性にモテそうだったけれど、少々ガタイが良くなったから今は男にもモテそう… これ以上モテ要素を作ってどうするつもりだ!? って…、そりゃこれから伴侶と出会うわけだから努力は必要か。 むしろ、何にも変わってない俺の方が焦るべきだ。 なんて思っていると、彼が顔を離し、「何の匂いもしないけど」と言った。 一瞬何のこと?と訝しんだけど、飯の話かと気づいた。 「あ、梅のおにぎり食べたから匂いはしないかも。 っていうか、嗅ぐなよ」 と半笑いで言うと、彼は顔を顰める。 「社会人なんだから飯くらいちゃんと食べれば?」 「あ、うん、ごめん。気を付ける」 高堂くんからダメ出しされるの、結構くるものがあるなぁと痛む胸を押さえつつ、お風呂場に避難した。 パパっとお風呂を済ませて、中も洗っておく。 始めの頃はあんなに時間がかかっていたのに、今ではかなり手慣れたものだ。 余りに時間がかかりすぎて、高堂くんが脱衣所から「大丈夫?」なんて声を掛けに来てた。 こんなところ見られるくらいなら死んだ方がマシなので、「全然大丈夫。絶対開けないで」と苦しみながら声を張り上げていた。 なんだか懐かしい。 その後、ちゃんと洗い方を調べた俺は、専用のシャワーヘッドがあることを知り、すぐに買った。 それを持ち歩いているわけだけど、一度、高堂くんに見られて「何それ!?」と驚かれた。 使い方について説明すると「持ち運ぶの大変そうだし置いておけば?」と言われたが、俺の肛門に使ったものをこのおしゃれハウスに置いておくのは悪いからと断った。 「いや、持ち歩くのもどうなの?」と言われ、確かに!と思ったが 「(練習で)俺の家でも使うと思うから」というと、ムッとして「あっそ」と言われた。 そんなにこのヘッド、置いておきたいんだろうか? そうすれば、彼の機嫌を損ねなかったかなと後悔はしたけれど、おかげさまで家で練習もできてかなり上達したので、結果オーライだ。 風呂から出て部屋に戻ると、彼は同じ姿勢で映画を見ていた。 相当この映画が面白いみたい。 邪魔しないように俺はそっと少し離れた場所に座る。 こうやって隣り合って座るのは何週間ぶりだろ? 普段はお風呂あがると、大抵彼はベッドに移動している。 今日は本当にレアケースだ。 仕方なく、俺も画面を眺める。 途中から見たからさっぱり分からない。 不意に「これ、長嶋さんにすすめられた」と高堂くんが言った。 「あの准教授の?」 「そう」 「そっか」 最近彼の口から聞いた、大学にいる美人准教授の長嶋さん。 出会ったばかりの頃、高堂くんは俺に好きな音楽や映画をや本をよく質問してきた。 都度、そんな芸術に明るくない俺はめちゃくちゃ捻りだして答えていた。 それを、彼は必ず次に会うときまでに見たり、聞いたりしてくれた。 感想も教えてくれる。 そのころは俺に興味があったのだろうと思う。 当時はなんでこんなこと聞くんだろう、と特に気にかけていなかった。 最近の興味の矛先は”長嶋さん”なんだろうな。 イケメンで聡明で頭のいい高堂くんに美人の才女はさぞ、お似合いだろう。 「嫉妬した?」彼が僕の顔を覗き込んで聞く。 「ううん」 それは事実だ。 俺なんかが嫉妬する資格がないって常々自分を戒めているから嫉妬はしない。 勿論、悲しいけれど。 「あっそ」 彼はそう言うと、テレビを消した。 「あれ?もう映画終わったの?」 「いや、明日見るからいい。 …、ベッド」 「あ、うん」 立ち上がった彼に引きずられるようにして寝室に連れていかれた。

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