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第5話

事が終わり、高堂くんは俺の横に倒れこむ。 数回呼吸をすると、彼はいつも通り、俺に背中を向けた。 その後ろで俺はしばし考え込む。 これ…、「泊めて」って言えるか…? いや、やったれ。 そう思った俺は、床に落ちた布団を拾い、自分たちの体にかける。 心なしか、高堂くんの背中がびくりと震えた気がした。 「あのさ、泊ってもいい?」 しばし沈黙。 俺はそれに耐えかねて「いや、無理ならいいんだ。終電もまだ…」と、早口で話し始める。 それを遮って彼は「別にいいけど」と言った。 「ありがとう。じゃあ、泊まるね。 朝はなるべく早く出るから」 と俺は感動に浸りながら言った。 「朝もいればいいじゃん」と彼が言う。 「えっ?いや、でも…」 「俺、ちゃんと朝飯作れるようになったから食べてよ」 「そ、うなの?」 「うん。さすがにそろそろ社会人だし」 「そっか。うん、楽しみにしてる」 「期待はしないでよ」 「なにそれ」 俺はつい、くすくす笑ってしまった。 だってあの高堂くんが、俺に朝ご飯を作ってくれるなんて… 期待しないわけがないじゃない。 まるで我が子の成長を喜ぶ母の気分だ。 3歳しか違わないけれど。 ただ、少し寂しくもある。 彼の唯一の欠点の家事が改善されてしまったら、出来ないことがなくなってしまうじゃないか。 仕事も家事もできて、頭が良くて、顔も良くて…、これから高堂くんの未来が眩しすぎる。 俺が1人で悶々と考えていると、寝息が聞こえてきた。 高堂くんって、寝付き良いんだな…、新発見だ。 俺も朝から仕事だったし、運動()もしたので疲れたのか瞼が重くなってくる。 夜中、不意に目が覚めた。 初めて寝る場所だから眠りが浅かっただろうか。 当たりはまだ暗い。 なんだか温いな… ん!?あれ!? 高堂くんに抱き枕にされてないか? 俺は自分の体に巻き付く彼の腕に驚く。 てか、お互い服着てないから皮膚同士が当たってドキドキするんだけど… ここから眠ることなんてできるわけない。 俺は少し隙間を開けようと、彼の胸を押す。 が、逆に腕の力が強くなった。 「んん…、文くん」 寝言? 寝言で俺の名前呼んだ?! えっ…、えぇー 俺は、1人悶絶していた。 てっきりすぐに振られて終わると思っていたのに、こんな好きになるポイントを出されたらさぁ…、失恋した後すっぱり割り切る覚悟がグラグラに揺らぐんだけど! きょんちゃん…、俺、成し遂げられない気がしてるよぉと、心の中で彼女に泣きつく。 眠れないと思っていたけれど、東堂くんの温もりと心音で結局俺はまた眠ってしまった。 ------------ 「文くん」と肩をゆすられて目が覚める。 「え、あれ?高堂くん…?」 「朝ごはん作ったけど、食べれる?」 一瞬、何が起きたか分からなかったけれど、昨夜泊まったことを思い出した。 「え!?本当に作ったの?食べる!」 と、俺は起き上がった。 机の上には、トーストやサラダにスクランブルエッグだのと、美味しそうな洋風の朝ごはんが並んでいた。 「これを…、高堂くんが?」 俺は信じられない思いで彼を見上げた。 少し照れたような口調で「簡単なものしか作れないけど。卵焼きは練習中だし」と言った。 「バランスも色どりも良いし、十分だよ。ありがとう」 と、俺が言うと彼は少し黙った後、「見直した?」と訊いた。 「見直すも何も…、これで完全に高堂くんの欠点がなくなっちゃったね」 どんどん手の届かないところに行ってしまうな、と寂しい気持ちになった。 「欠点が無くなったら、振り向いてもらえるのかな」 「え?」 聞き捨てならない言葉に俺は反射的に聞き返した。 彼は「なんでもない」とそっけなく返したが…、 高堂くんには意中の相手がいて、振られて、でも諦めきれずにいるということか… ジクリと胸が痛む。 きょんちゃん…、やっぱりセフレなんてすぐに終わらせるべきだよね。 俺、頑張るよ… 「美味しい?」と、高堂くんが心配そうに訊くから「うん、すごく美味しい」と答えるけれど、胸が苦しすぎてあまり味が分からない。 「良かった」と高堂くんが珍しくはにかむのを見て、いつかその人に食べさせてあげたいんだなと悲しくなる。 今まで、俺のために苦手な料理をしようとしているところを見たことがなかった。 恋っていうのは、高堂くんみたいな「来るもの拒まず、去る者追わず」って感じの、頑張らなくても人が寄ってくるようなイケメンまで変えてしまうんだな。 朝ご飯を食べ終えると、俺はすぐに着替えて家を出る準備をした。 そろそろ会社に行って昨日のタスクの確認をしないといけない。 「もう?」と彼に聞かれる。 「あ、うん。その…、予定があって」 と俺が言葉を濁す。 ”仕事を残してセフレの家に来た”なんて、恥ずかしすぎて高堂くんには言えない。 「あっそ」と、また彼はそっけなく言う。 「また連絡してね。泊めてくれてありがとう。朝ごはんも。じゃあ」 と、俺はリビングで座っている彼に声をかける。 いつも通り、高堂くんは振り向かないし、お見送りにも来ない。

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