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第9話
「なあ、パンツ知らない?」
いつまでも離してくれないので仕方なくそう聞く。
色気もくそもあったもんじゃない。
「ああ、今洗ってる」
「えっ…、そ、そう」
履いてたやつはもう履けないってことね。
買ってこいとも言えないし、借りるのもな…
「ベッド行こう?」と彼に誘われ、歩き出すも、ずっと後ろから抱き着いたままついて来る。
歩き辛いことこの上ない。
「な、なあ、歩き辛いんだけど」
「文くんが転ぶといけない」
「家の中では転ばないよ。酔いもさめてきたし」
「うん。でもまだ酒臭いよ」
「…」
じゃあ、尚更離してくれよ…、とは言えない。
なんだかんだ、高堂くんは頑固だし。
ベッドにつく頃にはへとへとになっていた。
「あの人…、きょんちゃんとは本名で呼び合う仲なの?」
ベッドの上でも高堂くんは離れてくれず、俺を後ろから抱きしめたまま座っている。
「いや。長い付き合いだから本名は知ってるけど、お互い下の名前が嫌いだから呼び合ってはないよ」
「ふーん。俺には教えてくれなかったのに」
「それは…、聞かれなかったから」
後半なんて、ほとんど会話しなかったし。
「じゃあ、訊けば教えてくれたの?」
そう言われて、俺は首をひねる。
本名で呼ばれたくないから教えなかったかも…
「高堂くんに猪熊文之助なんて呼ばれたくないな」
「ふふっ、なんか明治維新とかに関わってそう」
「おい、笑うなってば!」
平凡な見た目で、まるでいかつい武士みたいな名前なのがコンプレックスなんだ。
「俺の事は下の名前で呼んでいいよ」
「…」
いつか呼べたらな、なんて思ってたけど、いざ言われると恥ずかしい。
「俺の名前、忘れちゃった?」
拗ねたような口調で言われ、「忘れてないよ」と笑った。
そんなことで拗ねるなんて…、高堂くんが年下らし言動をするとホッとする。
「伊織くんでしょ」
初めて家に行ったときに見た学生証は目に焼き付けてある。
それだけでなく、高堂くんに関することは忘れないようにしてる。
「うん、そう」
彼は嬉しそうに俺を揺する。
「呼んでほしくてわざと置いてたんだ、学生証。
まさか歳の方を見られるとは思わなかったけど」
「わざわざそんなことしなくても、教えてくれれば呼ぶのに」
「分かってないなぁ~。モテないよね」
図星を突かれて俺は、回された腕を抓った。
「いてて」と笑いながら彼は、「でも、だからフリーの文くんと出会えた」と俺の首筋に吸い付く。
「もう一回確認だけど、文くんも絶対に他の人と関係もっちゃダメ。
今までの人も全員切ってね」
先ほどまでのふざけた感じとは違い、真剣な声で言われる。
「うん…、分かった。
そもそも、高堂くん以外にセフレとかいないし」
「伊織」
「はいはい、伊織くんね」
「セフレじゃなくても、会ったり、連絡とるのもだめ。
本当は携帯も確認したいけど、それは我慢する」
…、伊織くんって結構独占欲強いんだな。
恋人ならまだしも、セフレにまでそんな制約をかけるんだ…
「うん」
不意に体の向きを変えられ、伊織くんと見つめ合う。
「誓って」
「うん。誓う…、けど」
「けど?」
「ち、誓います」
「うん」
俺の回答にようやく満足したのか、伊織くんがほほ笑む。
「じゃ、ずっと彼シャツにムラムラしてたんで」
と、彼に組み敷かれる。
やっぱそうなりますよね。
結局のところ俺たちは、複数の中のセフレから専属のセフレに変わっただけ。
と、思いつつも満更でもないので、されるがままに抱かれた。
いつもより前戯や行為が丁寧だったのは、彼の機嫌がいいからだろう…
---------------(高堂視点)
見る人が見たら”アホづら”だと表現してしまうような、安心しきった顔で眠る男を見る。
まさか、人に執着するとは思わなかった。
しかも、男に。
暇を持て余していた俺は、大学の悪友(遊び友達)に、マッチングアプリを勧められた。
「女食い放題」だと言われ、興味はないけど、時間をつぶすため色んな女性と会った。
が、問題が発生する。
相手が自分を好きになってしまうことだ。
何回目かで「付き合いたい」と切り出される。
断って済むならいい。
共通の知り合いを使って会おうとして来たり、束縛されたり、とにかく面倒くさくなってしまう。
で、悪友に「暇つぶしに良いけど、めんどくさくね?」と伝えたところ、「遊びまくってるお前だから言うけど、男がイけるなら男の方が楽だぞ」と教えられた。
内心、男同士はちょっとキモイなと思いつつ、好奇心が勝った。
恋愛対処を”どっちも”に変更し、最初に釣れたのが文くん。
平凡な顔な上、華奢でもなくて『起つか、これ?』と不安だったけれど、案外抱けた。
性的指向が”ゲイ”だったから、少し怯えていたけれど、さっぱりしてて面倒なことも一切言わなかった。
やる前に煩わしいデートとか、雰囲気作りもいらなかったし、同性だからか話も合って苦痛じゃないかった。
そう、都合がいいだけのセフレだと思ってた…、んだけどな。
果てた後のポヤポヤした文くんは、とても可愛い。
これが年上だなんてあり得ないだろ。危なっかしいし。
文くんは俺を頼りない学生で、一時の遊び相手だと思っているだろう。
だから、家事も就活も頑張った。
3歳の差を早く埋めて、思わず惚れるような男になって付き合いたい、と考えが変化した。
それは卒業して就職したら、と思っていたけれど、そんな悠長に構えていたら悪い大人に掻っ攫われることに、今日気付かされた。
本当はもっと逞しくなってからにしようと思ってたのに…、『文くんのせいだぞ』
そう呟いて彼の鼻をつまむ。
「むぅぅ…」と鬱陶しそうに眉間にしわを寄せるのにそれでも起きない文くんに、思わず笑みがこぼれた。
でも、これでやっと付き合えたってことだよね。
これからも、飽きられないようにもっと努力をしよう。
仕事でめちゃくちゃ出世して、文くんがあんなブラックな企業を辞められるくらいの財力を持って養いたい。
文くんが前に「屈強な男ってかっこいいよな」と言っていたから、ジムに通い始めたけど、もっともっと鍛えよう。
と、すれ違っていたことに気付いていない俺は、明るい未来を想像してほくそ笑んでいた。
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