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第13話

「嫌じゃないけど…」と、俺は煮え切らない返事をする。 嫌どころか、めちゃくちゃ嬉しい。 夢にまで見たことだ。 でも…、俺なんかが本当に伊織くんと付き合っていいのか…、そう自問すると上手く答えられない。 「やっぱり、俺じゃ文くんは満足できないよね」 「ちがっ!むしろ、俺が釣り合ってないんだ。 伊織くんはモテるし、元々女性が好きだし、将来有望だし… 俺みたいな平凡で何も持ってないゲイが隣にいていい人間じゃないと思う」 俺が自嘲気味に笑うと、彼が体を離して、また俺を見下ろす体勢になった。 「何もなくなんかない。 文くんは可愛いし、謙虚で意地らしいところも大好きだ。 俺には言いたいこと全部言ってほしいけど」 そんな風に思われていたなんて初耳で、俺は驚いてしまう。 「本当に文くんが好きなんだ。 だから、文くんも同じ気持ちなら応えてほしい」 そう潤んだ目で見つめられると、俺の思考は停止してしまう。 伊織くんの将来の事とか、つり合いとか、そういうの忘れて今だけは付き合ってみても良いんじゃないか? 「俺、伊織くんが好き。つ、付き合いたい」 気付くと俺はそう言って彼の服の裾を掴んでいた。 緊張で声も手も震えている。 「文くん!」 伊織くんに再度抱きしめられる。 「嬉しい、めちゃくちゃ、嬉しい!」 感極まったような声で言われ、俺も嬉しくなる。 っていうか、俺なんかと付き合えただけで、こんな嬉しそうにされるとどんな顔をしていいか分からない。 「あ〜…、安心したら眠くなってきた」 そう言って伊織くんが横でゴロゴロする。 本当に眠ってしまいそうだったので「お風呂入ってきたら?」と声をかける。 「うん…、一緒に入る?」 「えっ!?いやいや!先に行ってきなよ!」 俺はぐいぐいと彼の背中を押す。 もしかしたらもしかするかもしれないから、後ろの準備とかしたいし、それを見られるのは絶対に嫌だ。 「ちぇ〜。 いつか温泉とか旅行で行ったら、その時は混浴しようね。 それまでとっておく」 そう言って彼はニヤリと笑うと、着替えとタオルを持って浴室に向かった。 「ううう…、ビジュがいい…」 俺は布団に顔を埋めて悶える。 え、あれが彼氏なんですか?俺の? まるで信じられない。 温泉旅行か… 今後、まるで恋人がするような旅行やデートを伊織くんとするんだろうか。 それは…、それはとても幸せなことだな。 そうやってほくほくしていると、伊織くんがお風呂から戻った。 「眠気覚めた?」と俺が聞くと、「いや。ポカポカしてむしろ眠い」と布団にダイブする。 そのまま俺の尻や太ももを揉んできたので、俺はその手を払って「お風呂借りるね!」と部屋を出た。 な、なんか、今までよりスキンシップが多くて、どんな顔をしたらいいか分からない。 伊織くんは「けち〜」と笑っていたけれど、こんな調子では飽きられてしまうんじゃないかと不安だ。 可愛らしい恋人を演じたいんだけど…、恥ずかしいし、見慣れた平凡顔の男がやってるんだと思うと甘えるなんて出来ないな。 お風呂から出るとタオルと着替えが置いてあった。 流石すぎる、伊織くん。 今日はちゃんとパンツもズボンもある。 買っておいてくれたんだろうか? タオル生地の部屋着は、明らかに俺に合わせたサイズで、伊織くんが着たら小さい気がする。 部屋に戻ると伊織くんがうつ伏せで携帯をいじっていた。 「伊織くん、もしかしてこれ、買ってくれた?」 服の裾を掴みながら訊く。 俺の方を向いた彼は「えっ!!似合ってる!予想通り似合ってる!!買ってよかった〜」と言い、俺に向かって手を広げる。 まるで、ハグをしろと言っているみたいに。 「あ、ありがとう、買ってくれて。 めちゃくちゃ着心地がいいよ」 腕の中に飛び込むのが躊躇われて、少しずつ彼の方に近づく。 「着心地いいなら俺にも触らせてよ」と、彼が口を尖らせる。 「え、え??別に触ればいいじゃ…」 服の裾を触らせようと近づくと、引っ張られて、体ごと彼に飛び込んでしまった。 「ご、ごめん!重いよね!」 と、慌てて退こうとしたけれど、腕が回されて動けない。 「えっ、え!?ちょっと、伊織くん」 そう言って踠くが、彼は俺をぎゅうぎゅう抱きしめて離さない。 スーーーっと匂いを嗅がれている気がする。 「やだ!嗅ぐなってば!」 「あ〜、今の文くん、ふわふわでいい匂いでさいっこう。いっつもいい匂いだけど」 そう言って一向に離してくれない。 これ、セクハラだって! いい匂いだなんて、絶対そんなわけないから嗅がないで欲しい。 すりすりと頬擦りする伊織くん。 彼が満足するまでされるがままだった。 「はぁ〜、満足」 そう言って彼がようやく離れる。 「え、なんで涙目なの!?」と彼に驚かれる。 「恥ずかしいからに決まってるだろ! 2度と匂いを嗅ぐな!!」 そう言って睨むも、「堪らないね」と彼が嬉しそうに笑っていて、全然効いてないっぽい。 恋人になる前も後も、俺は伊織くんに振り回されてばかりだ。

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