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第16話
色々とネットで検索をかけた。
どれも「彼女が彼氏を誘う方法」だった。
彼女…、ではないんだよな、俺。
可愛い女の子が誘ってきたら嬉しいだろうけど…、俺、平凡な男だしなぁ。
しかも、伊織くんはもう俺に飽きてきているっぽいし。
詰んでる?
もちろん、1番お勧めされていた「ストレートに誘う」は絶対無理。
そんなことは相思相愛の2人にしかできない。
で、次に有効らしい『雰囲気作り』。
雰囲気かぁ…、雰囲気!?
ガサツで経験の浅い俺には、相当レベル高くないか?
アロマだのキャンドルだの照明だの…、俺にセンスがあるとは思えない。
でも、ストレートよりマシ!!
ということで、俺は早速通販サイトで様々購入した。
明後日までには全て揃いそうだ。
流石に照明なんかを彼の家に運ぶのは無理なので、今週末は伊織くんを我が家に招待しよう。
『今週の金曜日はうちに来ない?』
意を決してメッセージを送った。
彼を家に呼ぶなんていつぶりだろう?
なぜか毎回、伊織くんの家にお邪魔していた。
移動するのがめんどくさいって断られるのが怖くて、なかなか誘えずにいた。
でも、今の俺はその先の「夜のお誘い」の方がメインなので、このくらいの勇気はどうってことない。
数分後、『え、行く』と返事が来ていた。
え、いいの!?
保険をかけるために9割断られる気でいたから、驚いた。
でも、これで雰囲気作りというタスクが相当楽になる。
ーーーーーーーーーーー
金曜日。
なんとか仕事を終わらせて家に向かうと、玄関先で伊織くんがしゃがんでいた。
「え!?ごめん!!
家に着いたら言うって言ったじゃん!
寒くなかった?」
俺の方が帰宅が遅いって分かっていたから、俺が帰宅したら彼に連絡して向かってもらう予定だった。
まさか、部屋の前で待っているなんて…
「おかえりって言いたかったから」
そう言ってはにかむ伊織くんが尊くて「ぐっ」と声が漏れる。
セックスレスを除けば、彼はたまに死ぬほど甘いことを言ってくるので、倦怠期ってことを忘れそうになる。
っていうか、これって倦怠期ってことで良いんだよね?
人生初の経験ばかりで、俺たちが今どんな状態なのかイマイチわからない。
「あ、ありがとう。
でも、外は何にもないから、俺を待たなくていいよ」
と言いながら鍵を開け、彼を家の中に促す。
「じゃあ鍵頂戴?」
「えっ…」
「スペアキー、俺のあげるから文くんのも頂戴」
俺はすぐには頷けず、伊織くんがむすっとする。
「だめなの?」
「い、いや、全然!」
「それがダメなら一緒に住みたい」
「ええ!?」
今度こそ大きい声が出た。
ここのアパートはあまり壁厚くないから、俺は口に手を当てる。
「嫌なの?」
さらに伊織くんが不機嫌になった。
「ちがっ、違うけど!
その、考えたこともなかったから」
「はぁ?恋人がいたら同棲くらい考えるでしょ。
わざわざ荷物を持って泊まりに来なくても、一緒にいられるんだよ?」
もちろん、俺は嬉しい。
けどさ…、男と同棲しているなんて、彼のこれから働く職場でバレたら、白い目で見られるんじゃ…
同居人がいるなんて、いつ、どうバレるか分かったもんじゃないし。
俺はいそいそと引き出しから、剥き出しでそっけないスペアキーを引っ張り出して渡した。
「これ、うちの合鍵。
同棲はまだ…、その、お互いの職場がそれぞれの家から近いし、今引っ越したら不便じゃん?」
伊織くんは鍵をポケットにしまったあと、俺の言い訳を醒めた目で聞く。
「俺は別に…、文くんに合わせるけど」
「だ、だめだめ!
新入社員が遅刻なんて許されないんだから!」
「なんで俺が遅刻する前提なの?
文くんより早く起きてるよ毎回」
「た、確かに〜」
最近泊まりの日はいつも伊織くんが先に起きて朝ごはんを作っている。
大学生のイメージが強すぎて、てっきり生活リズムが狂っていると思っていたけれど、俺の方がよっぽど寝坊助だ。
「一緒に住んだら、朝起こしてあげるし、お弁当も朝ごはんも作れるよ?
マッサージもこれから練習する」
伊織くんがつらつらと自分をプレゼンする。
「え、ええ?なんのために?」
俺が本気でわからなくてそう訊くと「文くんのために決まってるじゃん!」と頬を抓られた。
そんなことしなくても、俺は伊織くんがいるだけで幸せなのに。
あと、セックスしてくれれば。
「そんな…、
働きながら家事もマッサージもしたら伊織くんが大変だよ」
「…、俺、結構尽くしたいタイプみたい」
と微笑む。
あまりに眩しい笑顔…
世の中にスパダリってやつが本当にいるんだなぁ。
誘うことを忘れて、俺はぼんやりとその顔を眺めた。
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