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第19話

「文くん、お願いだから顔上げて」 と、懇願するような伊織くんの声に俺は自然と顔を上げてしまった。 だってそんな言い方ずるいじゃん。 伊織くんは存外、心配そうな顔をしていた。 てっきり笑われるか、呆れているかだと思っていたのに。 「こんなに泣かせて…、ごめん」 そう言って彼は俺の涙をそっと親指で拭う。 「文くんの言っていることは誤解なんだ。 だから、ちゃんと話をさせてほしい」 と、真剣に言われ、俺は思わずうなずく。 伊織くんがほっとしたように息を漏らした。 「俺ね、文くんに自分の事をセフレだって勘違いさせたことをすごく後悔してたんだ。 だから、絶対に二度と勘違いさせないように、ちゃんと恋人として振舞おうとしてた」 うん? それは、俺の誤解とどう関連があるんだ? 俺が首を傾げていると、「あ…、そういえば文くんって鈍感なんだった」と伊織くんが頭を抱えた。 「失礼な」と俺が怒ると、「悪いけどそれは本当だし」と伊織くんは肩をすくめた。 「つまり、ちゃんと恋人だって認識してもらうために、禁欲してたんだ。 やっちゃったら、またセフレだって勘違いされそうだし」 「し、しないよ!」 「文くんさ、心のどこかでいつか俺と別れる気でいるよね」 図星を突かれて、俺は伊織くんの顔を凝視する。 「やっぱり」と彼は呟き、辛そうな顔をした。 「俺のどこがダメ? ヤリすぎたかなって思って我慢してみたけど変わらないし、家事も頑張ってみたけど文くんはあまり嬉しそうじゃ無いし…、 どうしたら俺との未来を考えてくれる?」 「え…、は…」 それは俺が言うセリフじゃない!? ゲイがノンケに縋るときのセリフだよね!? これ、俺が言われてるの!?しかも、伊織くんに!? 俺は思考が停止する。 「俺に何が足りない?」 再度そう問われて俺は首を横に振る。 「逆だよ!俺に伊織くんは勿体ない。 伊織くんは俺なんかよりもっと美人で性格が良くて、ちゃんとした女性と結婚するべきだ」 ついに言ってしまった… こんなめんどくさい男、別れを切り出すに決まっている。 「…、俺の未来を勝手に決めないでくれる?」 「え?」 伊織くん…、めちゃくちゃ怒ってる! なんでぇ!?と怯えていると「あのさぁ」と伊織くんが切り出す。 「文くんは文くんが思っている以上に魅力的だよ。 少なくとも俺は…、ずっと一緒にいたいくらい好き」 「は…」と、俺の口から息が漏れた。 それ、本当に俺の話? 全然信じられないんだけど。 「俺の事、信じられない?」 そう不安そうに問われて、俺は「信じる」と反射的に答えた。 こんな完璧な男に、そこまで言われて「信じない」と言えるほど、俺は芯が強くない。 「俺もずっと一緒が良い」そう言って彼に泣きついた。 「ありがとう」と伊織くんは俺を受け止めて背中を撫でてくれる。 「だからさ、文くんは無理に俺を誘おうとしなくていいからね」 聞き捨てならない言葉に「は?」と声が出る。 「体の関係とかなくても、俺は文くんを好きでいられるから。 ただ、同じベッドに入っていると、つい襲いそうになっちゃうから、危ない日はお泊りは無しになるかもしれないけれど」 とんでもないことを言われて俺は腹が立った。 俺だって性欲くらいあるんですけど? 聖人か何かだと思ってるのか? 「俺はやりたいんだけど」 「そうだよね…、え?」 伊織くんが驚いた顔をする。 「俺だって、好きな人といたらムラムラくらいするし、伊織くんとしたいし、次の日が休みならウェルカムなんだけど!!! っていうか、伊織くんは俺としたくないの?」 「したい…デス」 「うん、じゃあしよう!」 そう言って俺は、ノリノリで伊織くんの膝の上に乗った。

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