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第21話
なにごともなく、日々は過ぎて…
伊織くんは無事、内定をもらった大企業に入社した。
就職したら絶対に文くんと住む!と、宣言した通り、お互いの両親に紹介して同棲の許可を貰った。
伊織くんのご家族は温かく俺を受け入れてくれた。
「彼氏がいる」と聞いてから覚悟していたらしい。
思ったより普通の男の子が来て良かった〜と、ホッとしていた。
俺の両親は…、まずは俺がゲイだったということに仰天していた。
挨拶に行ったその日は、まだ受け入れられない様子だったけれど、後日電話が来た。
驚いたけども、何より伊織くんがイケメンすぎて、この人を逃したらそれ以上の男性は現れないんだから私達のせいで逃させるわけにはいかない、と許可してくれた。
「絶対に逃すな」という脅し込みで。
俺は相変わらずブラック企業で働いている。
伊織くんの家に行く日は頑張って退勤していたが、一緒に住むということは、そんな誤魔化しが効かないということで…
終電で帰る日々が繰り返されると、伊織くんは怒り始めた。
「文くんの体が壊れるだろ!」
「い、いや、この生活を3年続けてるから大丈夫だよ。
家事やってもらってばかりでごめん。
伊織くんが家のことほとんどしてくれてるから、一人暮らしの時よりはむしろ元気だよ」
「家事は別にいいけどさ…、心配だよ」
「大丈夫だって。
あ、明日だっけ、歓迎会」
「うん…」
伊織くんが社会人になって2ヶ月。
明日の金曜日は新入社員の歓迎会らしい。
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金曜日、外回りでバタバタしていた俺は、訪問先の近くで外食を取ることにした。
そういえば、この辺りは伊織くんの会社の近くだな…
混んではいるが、安さが売りの定食のチェーン店に入る。
伊織くんがお弁当作ろうか?と言ってくれるが、職業柄お弁当を広げる場所がない。
どこか良い公園でもあればいいんだけれど…
不意に窓の外に目を向ける。
この辺りは、伊織くんの会社をはじめ、大企業が沢山ある。
そのためか、洗練されお洒落な人が多い。
淡い色のカットソーにオフィスルックなフレアスカート、緩く巻いた明るすぎない茶髪…、世の男性はみんな好きそう…
ある女性に目が引き寄せられ、俺は自分があんな感じの女性だったらな~とぼんやり眺める。
隣に高身長イケメンがいるし。
なんかあの男性、伊織くんに似てるな…
いや、伊織くんだ!!!
その男女は話しながら、数軒先のお洒落なカフェレストランへ入店した。
うわk…いやいや、仕事の付き合いで女性とサシでランチに行くこととか全然あるだろ!
また伊織くんを疑ったら、彼に失礼だ。
俺は自分にそう言い聞かせて目の前の親子丼をかき込んだ。
伊織くんが遅い日に限って、何故か俺の仕事が早く終わる。
20時過ぎに自宅に着くと、鍵がかかっていて、久々に自分で玄関の鍵を開けるな~と寂しく思いながら部屋に入る。
誰もいない家はがらんとしていて、早く帰宅したことを早くも後悔する。
コンビニで買ったご飯でさっさと済ませ、風呂も入って、することが無くなる。
伊織くんが帰るのを待った方がいいかな…
「おかえり」って言われるの、結構嬉しいし、俺が普段できていない分返そう。
リビングで動画を見て待っていると、玄関が開く音がした。
俺は玄関に走って向かう。
伊織くんが靴を脱いでいるところに遭遇し、「おかえり」と声を掛けた。
「あ、文くん。起きてたんだ、ただいま」
と、伊織くんが嬉しそうに微笑む。
「でも、施錠はちゃんとして」と、たたきに上がった伊織くんに言われた。
「え、でも、伊織くんも俺が帰るまで掛けてないじゃん」
「俺は戦えるけど、文くんは弱そうだからね」
と言われ、俺は眉を寄せる。
俺だって戦えるんですけど?
「でも、文くんが帰っててよかった~」と、表情を切り替えた伊織くんが俺にハグをする。
お酒はめったに飲まないけど、酔った伊織くんはよりスキンシップが多い。
なかなか自分からは出来ないため、逆に助かっている。
少しのお酒の香りと…、お花のような香水の香り…
伊織くんは香水をつけないから、きっと歓迎会で一緒だった誰かのものだろう。
昼間の光景が思い出されて、胸がジクリと痛んだ。
「お風呂、沸かしてあるから入ってきたら?」
その痛みには気づかないふりをして、伊織くんの腕を解く。
「んー…、うん、行ってくる」
不服そうにしながらも、彼はお風呂場に向かう。
匂いが消えたら、きっと俺の気持ちも落ち着くだろうと思い、俺は寝室に向かった。
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