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第23話

あの日以降、特に伊織くんに変わった様子はないし、俺自身も”伊織くんを狙う(?)女性”を思い出すこともなかった。 ただ、伊織くんはあれからお弁当を持っていくようになった。 「なんで?」と訊いてみたが、「経済的だから。文くんもいる?」と軽く流された。 経済的って…、文くん、困るような経済力じゃないけどな… でも、困る経済力の癖に毎回外食をしている俺が文句を言えた立場じゃないので黙っておいた。 「今週さ、家具買い足したりしたいから土曜日出かけない? デートも兼ねて」 と、少し遅い夕食を囲んでいると、伊織くんに誘われた。 俺が終電ギリギリで帰ることも多いのに、毎日伊織くんは待っててくれる。 デートのお誘いなんて、嬉しいばかりだ。 俺を気遣ってか、同棲してからはあまり出かけたりしていない。 「行く!行きたい!!」 と、俺が年甲斐もなくはしゃいで答えると、伊織くんは嬉しそうにうなずいた。 荷物がいっぱいになりそうだから、レンタカーを借りる算段も取った。 運転なんて、久々だから頑張らなきゃな~。 でも、旅行みたいで楽しそう。 --------------- 翌日は朝から車で出かけるって言ったのに…、しかも、伊織くんが提案したくせに… 金曜日の夜に、散々蹂躙された俺は、ベッドから起き上がれなかった。 伊織くんにあれこれと世話をされ、助手席に押し込まれた。 本当は俺が運転する予定だったのに、体はきついし、眠いしで、とてもじゃないけど運転なんて出来ない。 伊織くんは、なんだかんだで学生時代にサークルやら旅行やらで乗り回していたらしく、運転に自信ありの様子だったから任せた。 「文くんとドライブデート、楽しいね」 と、ニコニコでハンドルを握っているが、俺は満身創痍だ。 キッと彼を睨む。 どうせなら、元気にお出かけしたかったのに。 それでも、やっぱり恋人とお出かけするのは楽しい。 普段は同じ路線の同じ区間の車窓しか見ていないから、車からの眺めが良い。 ご機嫌な伊織くんとお話するのも楽しい。 ショッピングモールに着くと、伊織くんは俺の背中に腕を回して支えながら歩こうとする。 「ちょっ、人前だからいいよ」と、俺が手から逃れる。 「文くん、歩くの大変そうじゃん」 「誰のせいだと思って…」 唸るように言うと、伊織くんがしゅんとする。 車を使ったとはいえ、遠出ではないので、誰に見られるか分からない。 伊織くんの会社の人に見られちゃったら最悪だ。 ゆっくりと歩きながら、欲しかったものを買っていく。 ひんやりするシーツとか、俺には何に使うかさっぱり分からない調理器具とか… 「一通り欲しいものは見られたし、お昼にしようか。 午後は文くんが見たいところ行こう?」 と、荷物で手いっぱいの伊織くんが言う。 「持とうか?」と提案したが、「平気」と断られた。 「お腹空いたな~。 今見たのは、2人で使うものなんだから、午後は伊織くんが見たいものも見に行こうよ」 と俺が言うと「文くんのそういう優しいところ好き~」と伊織くんがほほ笑む。 ぐっ…、危ない、持ってかれるところだった。 「…、ありがとう。けど、人前でそういうこと言うのやめてよ」 と、可愛くない反応を返す。 伊織くんは、俺の好きなところとかを最近ストレートに伝えてくれる。 おかげさまで、『俺のどこが良いんだろう』みたいなバッドに入らずに済んでいる。 多分、あえて言うようにしているんだろう。 まったく、どっちが”優しい”んだか。 けど、あんな風に人前で言われたら恥ずかしすぎて死ねる!! 荷物を車に積んで、また歩いてモール内に引き返す。 お昼に行く店は目星をつけている。 最近できた、ハワイアン料理のお店だ。 何せ俺は、最初に海外旅行に行くならハワイだと決めている。 俺の強い希望により、そのカフェレストランに行くことが決まっていた。 「えび、楽しみ~」と、俺が鼻歌交じりに言うと 「文くんは本当に甲殻類が好きだね」と伊織くんが笑った。 ----------- 大きなエビが乗ったガーリックシュリンプを食べ終え、シークワァーサードリンクも堪能し、俺たちはお店を出る。 「リピあり!」と俺が言うと、「うん、また来よう」と伊織くんが頷く。 さて、午後はどこに行こうか、と歩き出したところで 「高堂くん?あ!やっぱり高堂くんだ!」と女性の弾んだ声が聞こえた。 2人で振り向くと、あの日、伊織くんとレストランに入っていった小柄な女性が小走りでこっちに向かってきた。 「げ…」と、聞こえた気がして伊織くんを見上げるが、彼は笑顔で「こんにちは、青野さん」と答えている。 気のせいか。 「高堂さんもお買い物ですか~? 私も友達と買い物してたんです~」 と、青野さんと呼ばれた女性は後ろを振り向く。 「マユ~、足速過ぎ」 ぜぇぜぇと息をしながら、これまた美人の女性がこちらに来た。 「そちらは、高堂さんのご友人?」 青野さんが俺に気付いたようで、目が合うとそう訊かれた。 「ああ、彼はこ…」と、伊織くんが俺を”恋人”と紹介しそうだったので、すかさず「同居人です!!」と割り込んだ。 余りの勢いに、女性は2人とも驚いている。 ただの”友人”と言わなかったのは、青野さんにマウントが取りたかったのかもしれない。 文くんが仏頂面で「違う」と言うので、俺は「あ、ごめん。同居してるの内緒だった?」と茶化した。 「文くん」と、伊織くんが怒った声を出すので俺は困ってしまった。 それを知ってか知らずか、青野さんは「良かったら4人で回りませんか?」と提案してきた。 無理です、心労で死にます… 伊織くんが「すみません、まだ2人で買わなきゃいけないものがあるので」とやんわり断り、その場を後にした。

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