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第24話

ずんずん歩く伊織くんを俺は転びそうになりながら追いかける。 まだ足や腰が筋肉痛で歩きづらい。 「まっ、待って、伊織くん! おわっ!?」 足がもつれて転びそうになったところを伊織くんが腕を引いて回避してくれた。 「あ、危なかった…、ありがとう」 ホッとして伊織くんから離れようとすると、ぐっと握られた腕に力が込められた。 「伊織くん?」 「ごめん、文くん。 とりあえず、あの人が追いかけてきたら嫌だから、車まで行こう?」 伊織くんが少し辛そうな顔をしている。 どうしたんだろう? さっきまであんなに上機嫌だったのに。 先ほどとは打って変わって、伊織くんは俺に合わせてゆっくり歩いてくれる。 駐車場につき、車に乗り込むと、伊織くんがため息をついた。 「文くんを転びそうにしちゃってごめん。 でも、同居人って紹介されて傷ついた」 伊織くんがしゅんとしている。 「いや、転びそうになったのは俺が鈍臭いだけだし。 それに、新入社員が男と同棲しているなんて会社にバレたらまずいだろ。 俺なりの配慮だったんだけど」 「いいんだよ。むしろゲイだって言いふらしたい。女の子蹴散らしたい。 青野さんにロックオンされてて辛い」 伊織くんがハンドルにもたれかかってグッタリしている。 聞く人が聞いたら、自虐風自慢か?ってキレそうなんだけど。 でも、伊織くんくらいのビジュならそう言うこともあり得るのかな。 俺はモテたことがないから分からないけれど。 「そ、そうなんだ…。 でもさ、やっぱりまだ早いと思う。 職場の人が信用できるって確信してからが良いんじゃないかな」 俺がそう言うと、伊織くんは少し考えた後、「そうだね」と頷いた。 それから、青野さんが伊織くんの教育係で、最初はあれこれと世話を焼いてくれる良い先輩かと思ったら、結構肉食系の女性で困っているらしいことを聞いた。 お昼も毎回誘われるので「恋人が作ってくれたお弁当があります」ということにして、デスクで食べているらしい。 俺が「同居人」と自己紹介したせいで、これはややこしいことになりそうだ。 伊織くん、本当にごめん。 初めてする仕事に奔走しつつも、青野さんを躱すのがかなり大変みたいだ。 モテるって良いことばかりじゃないんだな~と、俺はのんきに考えていた。 だって、彼の浮気疑惑が晴れたんだから。 ----------- とある土曜日。 今日は伊織くんが定期健診で歯医者に行っている。 チャンスとばかりに俺も外出した。 伊織くんは、俺が出かけるときは絶対について来る。 嬉しいんだけど、内緒で買いたいものくらい俺にはある。 ずばり、伊織くんの誕生日プレゼントだ。 今月末なんだけど、今日を逃したら、マジで買いに行けない。 電車に揺られながら、意気揚々と出てきたはいいものの一体伊織くんは何が欲しいんだろう、と悩む。 俺と伊織くんの趣味はあまり合わない。 俺は根っからのオタクで、ゲームもアニメも漫画も好きだけど…、伊織くんはアウトドアなイメージだ。 同棲し始めてからは、あまり出かけていないけれど、学生時代はグランピングだのスポーツだの、割と遠征もしていたはず… とはいえ、そっちは俺が明るくないから、選ぶのが難しい。 俺は、伊織くんがくれるならなんでも嬉しいけど、伊織くんは何が嬉しいんだろう… とりあえず、目的の駅で降りて、ウィンドウショッピングをする。 ハイブランドからカジュアルなお店まで一通り見たけど、あまりピンとこない。 キーケース…、はすでに彼が家族からもらったハイブランドの物を使っているし、 ネクタイや名刺入れは、彼はまだ研修中で配属は決まっていないけど、技術職をしたいと言っていたから不要そう… どうしようかなぁ、と悩んでいると、ふと同じ商品(ハイブラの鞄)の向かいに立っている人と目が合う。 あれ…、この麗しい女性…、青野さん!? 俺が気づいたのと同じくらいのタイミングで、青野さんもハッとした表情をした。 「あ、えっと、高堂くんの同居人ですよね?」と、声を掛けられ、俺は「先日はどうも」と会釈をした。 彼が嫌っているのを知っているから、少し気まずい。

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