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第27話
それからしばらくして…
「泊まりがけで地方研修?」
俺は、伊織くんの言葉を鸚鵡返しした。
「うん。本当に行きたくないんだけど、
強制参加なんだって。
再来週、火〜金までの4日間」
「最悪〜」と、伊織くんは机に突っ伏す。
俺だって寂しいし、嫌だけど…、仕事なんだから仕方がない。
仕事のスケジュールっていうのが、どれほど融通が効かないかは、ブラック企業に3年勤めた俺ならわかる。
「そっか。伊織くんの職場はやっぱり研修とかしっかりしてるんだね。頑張れ」
と俺が激励すると
「俺がいなくてもちゃんとご飯食べて、よく寝るんだよ?」
と心配された。
俺の方が一人暮らし歴も年齢も上なのに。
散々俺の心配をし、大量の作り置き料理を作って、彼は無事、研修に向かった。
伊織くんのいない家は寂しかったけれど、帰ってくるって分かってたし、何より仕事が忙しすぎてそれほど精神的なダメージはなかった。
金曜日の夜、またも終電ギリギリで帰宅すると、伊織くんが先に帰っていた。
「「おかえり〜!」」と同じことを言ってしまい、思わず笑い合ってしまう。
伊織くんの研修の話を聞きながら、久々の温かい出来立てのご飯を食べる。
なかなか、良い経験になったようで、少し羨ましい。
俺も外部で研修とかして、刺激受けたいなぁ。
「文くんはどう過ごしてたの?
作り置きは全部無くなってたから、食事はちゃんと摂ってたみたいだけど…、
まさか毎日終電?」
ギクリとしてしまう。
「いや?水曜はちょっと早かったかな?」
と苦し紛れに言うと
「定時以外は早くない」
とピシャリと言われてしまった。
伊織くんからは散々、今の会社を辞めてほしいと言われている。
でも、伊織くんは新卒だし、俺が転職すると2人とも不安定になってしまうので時期早々だ。
そう言ったら、伊織くんは「すぐに安定するように頑張る」と息を巻いていた。
無理はしてほしくないので、疲れてないよアピールをしているが、信じてもらえない。
ピカピカと伊織くんの携帯が光る。
誰かからメッセージがきているのだろうか?
最初は放置をしていたが、あまりに通知が来るので、伊織くんは渋々画面を確認した。
「食事中にごめんね」
「ううん。研修から帰ったばかりだし、会社の人じゃないの?」
「かな?」
携帯を開いた伊織くんが、わかりやすく顔を顰めた。
「なに?なんかトラブル?」と、俺が心配になって訊く。
今でこそなくなったが、かつての俺の職場は、家に着いてから上司から連絡が来て、職場に逆戻り…、なんてこともあった。
「ううん。そういうのじゃないよ」
「え?でも、伊織くんすごい顔してたよ?」
「んー?家で職場の人からのメッセージ見たからかもね。本当になんでもないよ」
と、今度は画面を伏せてテーブルに置いた。
「ふーん?でも、気持ちはわかるかも」
「あ、そういえば、美味しそうなお土産買ってきたから、お風呂上がったら映画見ながら食べよう?」
と、伊織くんが話題を切り替えた。
久々に伊織くんと過ごす夜。しかも花金。
楽しみじゃないわけがない。
「え!!食べる!!!楽しみだな〜。
俺から先にお風呂入っていい?」
と俺がはしゃぐと、伊織くんはにこにこして「うん。溺れないようにね」と俺を送り出した。
子供じゃないんだから、あんな浅い浴槽で溺れないのに。
俺がいそいそと浴室に向かっている間、伊織くんが携帯を見てため息を吐いていたことに、俺は気づいていなかった。
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