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第12話 ここで働きます

「ぐずぐずするな。行くぞ」 「……」  小さく舌打ちをしながら降谷に腕を掴まれて繁華街を歩く。こんなに人がごった返す場所に来るのは久々で目が回りそうになった。やばい奴らに売り飛ばされるのかもな。そんなことを思いながら鬱々とした気分で足を進める。あーあ。ファーストキスが男となんて、笑えない冗談だ。  なにやら全体的に白いビルの一階に店はあるらしく、裏手の従業員扉から中に入る。油っこい臭いが廊下に充満している。飲食店か何かが入っているのだろうか。半ば引きずられるようにして降谷に腕を引かれ、店内に足を踏み入れた。 「マスター。連れてきた」 「Hi,Ren!」  陽気な英語にびっくりして声のした方を見ると、顎髭の生えた外国人男性の姿があった。カウンターの隅で小銭を足していたらしい。チャリンとした音が広い店内に響く。 「キュートボーイもいらっしゃい」 「え?」  降谷の後ろに隠れるようにして二人の様子をうかがう。普通の飲食店のようだった。ほっと胸を撫で下ろしていると、ずかずかと外国人男性が近くにやってきて爪先からつむじまで審査するように見つめてくる。 「んー。ちょっと細くて心細いけど、まあなんとかなるね」 「ああ。ダグに任せる」 「OK」  ダグと呼ばれた男性が秀治の前で右手を差し出してきた。つい反射的にその手を握り返してしまう。 「わたしは、ダグです。この店の店長してる。あなた、今日からここで働く。OK?」  ゆっくり子供に言い聞かすようにダグは説明した。秀治は、へ? と頭にはてなを浮かべる。 「今日からここがおまえの仕事場所だ。ダグを怒らせるなよ。怒るとおっかねーから」 「そんなことないよ。わたし、優しいから」  あははと豪快に笑うダグにつられて、秀治は苦笑いを浮かべた。

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