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第32話
「君の胸、まだ一回しか見たことないけど綺麗な色してたよね」
乳首が、と付け加えるように真面目な顔で言うものだから笑ってしまいそうになる。なんだこの人、変なやつ──。
「ほんとは君にシてもらいたいけど、難しそうだから。俺の体も触ってよ」
秀治の腕を取り男の胸に手を導かれる。どくんどくんと脈打っている。誰かの心臓の音を感じるのはこれが初めてだった。興味本位で、広い肩幅や引き締まっているであろう腹のあたりに手をやる。
「抱きしめてもいい?」
嫌だと言うつもりだったけど、勝手に返事も聞かずに抱きしめてきた。軽い抱擁。誰かにこうして抱きしめられるのは初めてだった。お互いの熱が体の表面で溶け合うみたいにあたたかい。安心する。リストカットでは得られなかった不思議な安心感に身を委ねていると、背中にまわった手が静かに動き出した。シャツを脱がそうとする動きだが、抵抗する気持ちはあっても体が安心してしまって身動きが取れない。固まったように唯斗のペースに乗せられていく。
「抵抗しないってことは、いいんだね?」
確認を取りつつ確実に手が動いていく。シャツが肩まで落ち、上半身があらわになった。体育座りの足の間を開いて唯斗が入ってくる。
「綺麗だ……」
うっとりするような声が胸にかかり、鳥肌がたつ。綺麗だなんて言葉自分には一番似合わないと思っていた。
「初めて、言われた」
「ん?」
と優しく首を傾げて秀治の胸に顔をうずめる唯斗の後頭部をじっと見下ろしていた。
高い鼻先ですりすりと擦り寄られ、体が少し熱くなる。恥ずかしいのか、嬉しいのか。二つの感情がないまぜになって秀治を襲う。
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