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第49話
「シュウ。筑前煮とミネストローネの注文入ったから頼むよ」
午後十時をまわって急にフードメニューの注文が入った。こんなことをするのは一人しかいない。唯斗さんだ。ちらりとミネストローネを深皿に盛り付けながらソファ席を見ると、こちらをじっと見つめる唯斗と目があった。秀治はかぶりを振って筑前煮をよそる。仕事に集中しろ、と自分に言い聞かせる。
提供のために厨房に料理を取りに来たのはアレンだった。まだ怒っているのか目も合わせてくれない。
「ちゃんと見ときなよ」
そんな捨て台詞を吐くと、ゆったりとした足取りで平日の夜の客のまばらな店内を歩いていく。その後ろ姿を眺めていると、唯斗と目が合った。ぱっと目をそらすが、アレンの言葉が引っかかりおそるおそる顔を上げる。
「お待たせしました」
いつものように唯斗の前に提供し終えると、アレンはもじもじとしながら唯斗に迫る。
「あの、唯斗さん……俺の踊り嫌いになりました?」
遠くの席だから何を話しているのか秀治にはあまり聞こえない。しかし、身振り手ぶりや視線でアレンの意図が薄々わかる。札をねだっているのだ。
「そんなことないよ。どうして?」
唯斗は優しく微笑んでアレンを見上げる。その目が本当に優しくて秀治の胸が鈍く痛んだ。なぜ? と自問するが答えが出てこない。
「最近、全然チップもらえませんから」
ああ、それねと唯斗が声を上げて笑う。鈴の音みたいな綺麗な笑い声が秀治の耳元に届く。次の言葉に秀治は耳を疑った。
「最近は料理のほうにお金を使いたくってね。ごめんね」
料理のほうにって……。アレンがそうですかと笑ってこっちに戻ってくる。また唯斗と目が合った。にこりと微笑んでくる。つられて秀治も笑った。それが意外だったのか驚いた顔になる。そして華麗な箸捌きで筑前煮を食べ始めた。美味しいよと言われてるみたいで、胸がじんわりと温まる。
「だから言ったでしょ。唯斗さんはシュウ目当てだって」
すれ違いざまにアレンは苦笑しながら言った。信じられないような気持ちで小さく頷いた。
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