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第52話
なんとなくキャストの数はわかっているが、7人全員がゲイだなんてと不思議な気持ちになる。特に偏見はないけれど、知らない世界はやっぱりよくわからない。そこかしこで始まる行為の音に耳を塞いでどうしようかと思案する。このままこっそり帰ってもいいかな。だって、こんな皆に見られたりする場所でするの嫌だし。なんて乙女心さながらの羞恥心を抱きながら、心のどこかでは唯斗を待っている自分がいることにも気付いていた。あの人ならきっと優しく教えてくれるはずだ。俺の知らないことを手取り足取り全部。少し想像して顔に熱が集まる。いかんいかんと振り払い、水でも飲むかと厨房に入ろうとしたそのとき。
「わっ」
優しく背中から抱きしめられた。ふわりとした甘い匂いが鼻をつく。この人の香水の匂いはちゃんと覚えていた。ホワイトブーケの香り。春の匂いのする人。
「ごめん。待っててくれたと思ったら嬉しくて」
耳元でそう囁かれ背中に緊張が走る。ゆっくりと体を反転させられ、力強く正面から抱きとめられた。
「シュウくん」
「なんで名前──」
薄茶色の瞳と目が合う。唯斗はくすりと笑って言った。
「店長が大声で呼んでるから、お客さんなら皆知ってる」
そうだったのか。知らない間に名前が知れ渡っていると知って少し恥ずかしさを覚える。
「今日この場所にいるってことは、期待してもいいのかな」
ずくん、と胸が震えた。なんと返事をしたらいいのか迷って言葉が出てこない。
「ほんとにかわいい」
震える唇を指先に乗せられ動けなくなる。ふっくらとした唇がゆっくり迫ってきたかと思えば、額にキスを落とされた。口にされるかと思っていたから、ほっと肩の力を緩める。
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