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第58話 過去の足跡(side 降谷蓮)

 子供たちの泣き声、母親の悲鳴。兄弟たちの咆哮。そこはいつでも騒めきの中にあった。砂嵐の吹き荒れる広大な大地。血の匂いが染み付いた場所。そんな場所にも命の産声は聞こえてくる。  保護した家族を難民キャンプに連れていく途中で、女の出産を見た。この世に生まれてきたことを喜ぶような泣き声に輪を作っていた彼らは歓声をあげる。この地でこれから生きていくのだ。それを幸福と思えるのか。降谷はいつもこういった場面に出くわすたびにそう逡巡する。 「ここにはまだ空きがあるか」  重たい兵服を脱ぎ去りながらタンクトップ一枚になって水を飲み干す。隣にいたジャルウがカッカッと笑った。こいつの笑い方はどこか毒がある。俺はいつもそう思って聞いていた。 「あるわけねぇだろ。ここ、満床以上だぜ」  ガザ区にあるここストレフ街の一角に国連の用意した難民キャンプはあった。降谷はアメリカの陸軍学校を出てまずこの地に配属された。まだ無難な配属先だという。同期の中には紛争地域の最前線で張っている奴らもいる。そんな奴らから見たら降谷の配属地は楽園に見えるに違いない。 「六人家族だ。どこかには押し込めるだろう」  それもそうかと納得してジャルウが手を叩く。配給された乾パンを口にしながら、無線から流れる情報を頭に入れていく。四月二十八日。ストレフ街の入り口には巨大な壁を建てているところだった。アメリカ本土から空挺でやってきた合板を立て付けているという。これならば、カーテロも防げるし、イラクの武装組織の戦車もぺしゃんこというわけだ。

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