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第62話

「この紛争は意味がないと思わないか? ここで俺たちが働いても金にもならない。俺たちは捨て駒か? 命には値段がないのか?」  ザックはもう戻ることのできない場所に行ってしまったのだと、その虚な瞳を見て思う。洗脳されてしまっている。どこで? そういえば一週間前に近隣の廃墟を見回りしている時に敵に捕まったと言っていた。その後、配給品との交換で人質だったザック他十名の命は救われたのだと。何度も尋問を受けて元の配置に戻ることになったと聞いていたが、すでに敵の手中にあったとは。降谷は死の際まで冷静な分析ができる自分自身を誇らしく思うことができた。兵士らしい最後になると、そう確信して。  日本で生まれ育ち、中学に上がる頃に父の都合でアメリカに渡ってからずっと日本を恋しく思う日々だった。小学校でハマったゲームやアニメ、日本の音楽が脳裏を掠める。高校で世界史に興味を持ち、アメリカの陸軍学校に入るのは予想しやすい道だった。あの街には陸軍、海軍の士官たちが多く暮らしていたからその子供たちと関わる上でも戦争は身近なものだった。いつか世界を救うとまではいかなくても、苦しんでいる人たちを一人でも多く助けられたら。愛国心という名の下から生まれた自国への誇りと尊敬に満ち溢れた日々。それが走馬灯のようにゆっくりと流れていった。  もし叶うなら、生まれ故郷に戻りたい。塵の寸前の命でそんなことを願う。ザックは引き金に指をかけた。ああ、死ぬんだな。人々の騒めきと悲鳴の中で俺は死ぬ。受け入れ難い事実をすんなりと受け入れられる自分がいた。

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