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第63話

「なぁレン。おまえの命の値段を教えてくれよ。俺のクソみたいな命の値段を教えてくれよ」  そういえばザックには生まれて間もない一人娘がいたなと思い出す。妻を残して一人死ぬつもりなのだろうか。この地では米兵は敵に降ったとしても生きてはいられない。捨て駒にされるだけだ。  まだ交渉の余地はある。そう確信して、ザックの目を見つめる。この目は渦潮のようだと降谷は思う。身近で素直な心の人間を変えてしまう瞳。ザックが悪いわけじゃない。悪いのは、この狂った紛争だ。人間はすぐに狂う生き物だ。安全地帯から一歩踏み出たところで神にでも悪魔にでもなれる。 「おまえは自分の命の値段が知りたいのか」 「ああ、そうさ。殺す前に教えてくれよ。おまえは自分のことを大切にできるか? 誰かのために命を差し出すことはできるか? 俺はできなかったよ。あの場所で、ションベン漏らして放心してた。なぁ、あの双子の姉妹は俺が連れ帰る途中だったんだぜ。俺がしっかり手を繋いでおけば、死ななかったかもしれないんだぜ」  ザックはすらすらと言葉を紡ぐ。過ちを悔いているのが痛いほど伝わってきた。そんなときに弱さにつけこんで敵は洗脳をしたのだろう。 「命は、おまえ一人のものじゃない。おまえの妻と娘のためにある」  ふっと馬鹿にしたような笑いがザックの口からこぼれ落ちる。その瞬間を降谷は見逃さなかった。 「ぐぁっ」  ザックの右手を勢いよく引き、体勢を崩す。そのまま前傾したザックの背中に馬乗りになった。悪いな。そう呟いて肩の骨を外す。ゴキっと鈍い音が下から聞こえてきた。醜い叫び声をあげてザックの体は暴れ出す。 「レン! 無事か?」  ザックの物見台から黒い塊がぬっと現れる。ジャルウだった。状況を理解したのか、大柄な体格を使ってザックの腰に乗り上げる。まもなくザックは抵抗しなくなった。嗚咽を上げて無様に泣いている。ザックの手から銃を取ると、ジャルウの持ってきた拘束具で腕を縛る。

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