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第66話 現在の足音

 降谷は昔の夢を見ていた。まだ何年も経っていない出来事。ジャルウと別れ、ブリャタス地帯に派遣された頃の夢。悪寒に背筋が震える。シーツはぐっしょりと汗を吸っていた。クーラーの涼が気持ち悪く感じて、電源を落とす。  また、あの頃の夢か。カウンセリングに何年も通っているが改善する見込みはない。年に一度か二度はあの戦地での記憶がフラッシュバックする。俺が殺した人間たちの呪いだろうか。それなら、それでもいい。  顔を洗うために洗面所に立つ。すっかり老けてしまったなと自分の顔を見ながら思う。  スーツに着替え家を出た。今日は仕事の会食があるため、それ相応の格好をしておく。駅近くの店でこしらえたオーダーメイドのスーツに赤い華やかなネクタイ。ネクタイピンは、ゴールドカラーでまとめた。  降谷は日本の貿易会社に勤めている。日本語と英語、そしてフランス語を扱う降谷には適した職場だった。二年前、戦地から戻り一度はアメリカで営業マンとしてウォール・ストリートを徘徊していたものの、日本に行くのを諦めきれずにこの際渡ってしまえと移住することにしたのだ。高齢の父と母はアメリカのニューハンプシャー州でそのまま暮らしている。半年に一度はアメリカに戻るのだが、特にすることもなく有給を使ってアメリカを旅していた。  そんな今日は得意先のフィリピンのバナナ農園の大地主が日本に足を運ぶとあって、社内は騒がしい。成田空港にはすでにバナナカラーのTシャツを着た社員が大地主を待っている。歓迎会のための準備は順調だった。日系人の祖父母を持つアヴェラ大地主のために、高級割烹店を抑えてある。会談ができるように大部屋を予約するのには苦労した。

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