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第69話

「いい加減にしろ。謝ればすむ問題じゃないだろう。おまえの責任になるんだぞ」 「……すみません。新人の岡野くんが一生懸命頑張っているのを見ると、叱るに叱れなくて」  新人の名前は岡野というのか。そいつも連れ出してこいと言おうと思ったが、運悪くスマホに電話が入る。まだ動くなよと目線で制して、スマホをタップする。出てみるとアヴェラ氏を迎えた社員からだった。 「降谷さん。すみませんお仕事中に」 「なんだ。何か問題でも起きたか」  焦った声の社員を落ち着かせるようにゆっくりと話しかける。 「アヴェラ氏なんですが、日本食よりヤマトナデシコが食べたいとおっしゃられて……」  がくっと頭が下がりそうになった。遊び好きとは聞いていたが、そんなことを要求してくるとは。 「すみません。どうしたらいいか私では判断がつかないので、降谷さんにと」  しばしの沈黙。たしかアヴェラ氏はゲイだったと思い出す。異国の地で気になるのはやはりそっちの方だよなと妙に納得してしまって電話に答えた。 「俺がなんとか店を探す。割烹屋にはキャンセルの電話と見舞金を渡しておいてくれ」 「わかりました。ではまた」  ふーっと大きなため息をつくと、ビクリと柳瀬が肩を震わせる。目の前の二つの案件に頭を抱え込んだ。珍しいですねと涼しい顔で杉山が話しかけてくる。 「俺は先に店を探してくる。柳瀬。おまえにはまた後日俺から指導をするからな。そのときは岡野とかいう新人も連れてこい」 「はい。わかりました」  後半の方は尻すぼみになっていてよく聞こえなかった。降谷ははきはきと喋れないやつがどうにも気に食わなかった。

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