70 / 215

第70話

 ヤマトナデシコ。つまりはゲイの日本人男性がいる店を探し出さなくてはいけない。それも、安心できる違法な店ではないところ。思い当たるのは一つしかなかった。時刻は午後三時。東京の浅草観光を楽しんでいるアヴェラ氏が飽きる前に、探さなければならない。 「ダグ。悪いが今日貸切にしてくれないか」  泣きついたのは友人のアメリカ人が経営している居酒屋バルだった。メインはストリップショーの楽しめる店だが。 「どうしたの? 何かあった?」  ダグは通話先でおっとした口調で応じる。すぐに断られると思っていたので、まずはほっと肩の力を緩めた。 「おまえの店、日本人のキャストいたか?」 「ああー。伊織がいるね。それと、見習いならシュウも」  二人目の名前に息が詰まる。あいつ見習いごっこまでしているのか。降谷が提示した一ヶ月後の審査まであと一週間もなかった。仕事に忙殺されて忘れかけていた。あのぎこちない踊りを思い出して吹き出しそうになる。たった一ヶ月で何が変わるというのだろう。いや、何を期待しているんだろう俺は。 「うちのお得意先が急に店を指定してきてな。日本人のゲイがいる店がいいんだが、食事もショーも信頼できるのはお前のところくらいしかなくてな」  なるほど、と通話口でダグが考え込むように言う。 「アメリカと日本の家庭料理くらいしか出せないけど味は安心してよ。それに、伊織も魅せるの上手いし。まぁ実際ショー見てれば外国人が踊ってても嫌な気はしないでしょ」  クインやアレンのことを言っているのだろう。あの二人は本当にダンスが上手い。人を惹きつける何かを持っている。 「すまないな。じゃあ、午後五時から貸切で頼む。夜は何時までいるかわからないが」 「任せて。シュウと一緒に急ピッチで仕込みするから」  電話を終えるとどっと疲れを感じた。電話のために入った社内の喫煙所で、ふっと紫煙を吐き出す。禁煙を試みていたのに煙草に手が出てしまった。まだまだだなと思ってガラスに寄りかかる。今朝見た悪い夢のせいもあってか、頭が重たい。これからが本番だというのに。

ともだちにシェアしよう!