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第73話 波乱の一夜
「ワーオ。この店イイネ。すごくイイネ。Mr.フルヤ。あなたいいよすごく」
カタコトの日本語で一生懸命に褒められ降谷は苦笑いを浮かべた。田邊暴君社長も一緒だ。こういうお得意様や取引先の相手とはまともに話ができるのだから、社長を憎みきれない。弁のたつ田邊をアヴェラ氏の話し相手にさせて、降谷は杉山にそっと耳打ちする。
「資料は持ってきたか」
「はい。ここに」
iPadと見積書をまとめたクリアファイルをバッグの中からこっそりと見せてくる。よし、あとは食事してショーを楽しんで酒を飲ませればこの商談、取れる。そう確信した降谷の口端が少し上がるのを長年側で見てきた杉山は見逃さない。上機嫌じゃないの、と含み笑いを浮かべながら上司を見つめた。ふと、その視線の先に和装のホールスタッフが立っているのを見つけた。凛とした立ち姿で端正な顔に微笑みを乗せている。
「さあ、アヴェラ氏こちらにお座りください」
ショーが一番見やすい真ん中の席にアヴェラ氏を座らせる。その右隣には田邊が、左隣には降谷が腰掛ける。そして降谷の隣にはパソコンを立ち上げた杉山の姿があった。日本通のアヴェラ氏は通訳は面倒だといって同行させなかった。そのかわりSPを一人連れている。褐色の肌に盛り上がった筋肉を乗せた大男。商談の邪魔にならないようにとアヴェラ氏の斜め後ろの椅子に腰掛けている。
「ご注文をどうぞ」
伊織がすっと会話の隙を見てアヴェラ氏に近づく。メニューを開いて綺麗な指先で今日のおすすめを紹介し始める。よし。アヴェラ氏好みのザ・ヤマトナデシコだ。降谷は満足げに笑う。
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