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第74話
「カワイイね。あなた名前は?」
「伊織と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そっと頭を垂れた伊織の肩をアヴェラ氏がぽんぽんと叩く。上機嫌のようだ。
「ニッポンはいいねーカワイイ子多い」
笑顔を絶やさずにアヴェラ氏が言う。田邊も営業スマイルばっちりだ。二人の世間話を聞きながら資料の確認をする。その間にダグお手製の料理がやってきた。卵と鶏ひき肉のそぼろご飯と、鯛の踊り寿司。肉じゃがと鯖の定食。よく奮発したなとダグのいる厨房を見ると、秀治がちょこまかと動き回っているのが見えた。
アヴェラ氏の反応を伺う。少し驚いた顔をしたが、すぐにまた人のいい笑顔を見せてきた。日本通のアヴェラ氏には凝った日本料理より家庭によく出るものの方が好かれる。その調査は当たりのようだ。日本酒と洒落た抹茶のカクテルが提供され、酒も入って豪快に笑い始めるアヴェラ氏の声が貸切の店内に響く。
全ての料理が運び終わり、入店して一時間もしてからフッと店内の照明が落ちる。さぁ、ここからが本番だ。降谷は熱い視線をステージ脇の出入り口に注いだ。田邊がどんな反応を示すのかだけが気がかりだが、アヴェラ氏を満足させてくれればそれでいいと一人心の中で呟く。
「ウェルカムトューシャイニングムーン」
伊織のナレーションでパッとステージに照明が当たる。先程の和装を着崩した伊織と、その後ろからクインが出てくる。ラテン音楽が流れ出し、二人は手を取りながら踊り出す。ムーンダンスにコブラのポーズ。ステージから降りるとアヴェラ氏の方へと二人は向かってきた。アヴェラ氏もノリノリで椅子から立ち上がる。ステージの上にのぼると、出入り口から五人のバックダンサーが出てきた。伊織以外は皆外国人だったが、アヴェラ氏は特に不快な表情は見せない。むしろ生き生きとした目で腰振りダンスを始める。
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