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第75話

 ふと、降谷は厨房を覗き見た。ダグが冷蔵庫の後ろからこっそりステージを覗き見ている。そこには秀治の姿は見えない。隣でリズムに乗っている暴君社長を見ると目があった。「この店いいね」と口パクで伝えてくる。こいつに目をつけられるなよとキャストを見渡していると、ぱっと照明が切り替わった。 「ショーデビューの新人の登場です。アヴェラさんもきっと気に入ると思います」  バックで突かれるムーヴの伊織がマイク越しに言う。キャストたちはそれぞれ二人一組になって絡み始めている。心なしか後ろで控えるSPも音楽に乗り始めたようだ。いよいよラストスパート。そんなときにあいつが出てきて大丈夫なのか? この良い雰囲気をぶち壊しやしないかと降谷は一人ハラハラとしていた。杉山は隣でビールジョッキを片手に踊り狂っている。飲みすぎるなよと冷たい視線を送って、ステージを見る。どうせ大したものではないと疑わないで。 「ウェルカムトューシュウ!」  途端にラテン音楽がアメリカのEDMに切り替わる。アヴェラ氏のテンションは最高潮だ。雄叫びを上げながら伊織にキスをねだっている。ギリギリのところでかわしながらも、伊織も満更ではなさそうに頬にキスをする。 「……」  ステージに現れた秀治を見たとき、時間が止まったようだった。初めて会った頃とは違う肉付きのよくなった身体。相手を誘うような流し目。いつのまにそんなふうになったんだ。俺の知らないところで、いつのまに。  隣で音楽に合わせて踊っていた田邊がほう、と息をついたのがわかった。見るんじゃない、そんな目であいつを見るな。軽く睨むとやれやれと言ったふうに田邊は笑ってきた。

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