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第79話
バンっと自分でも驚くくらいの音を立てて机を叩いた。はっと頭がさえる。何してるんだ、俺。
「帰る」
小さく呟くとぶつくさ文句を言う田邊と杉山を置いて店を出た。通りでタクシーでも拾って帰ろうと千鳥足で歩く。情けない。酒に飲まれたか。
「降谷」
後ろからあの騒がしい声の主がやってくる。うるさい。静かにしてくれ。お前の声、頭に響くんだよ。
「タクシー拾ってやるよ」
可愛げのない声で秀治が言う。知ってる。おまえ意地っ張りだもんな。素直にものを言えないもんな。
「あ、来たよ一台」
ああ。馬鹿だな。俺も、おまえも。
「行き先教えろよ」
心配するような声を出すな。うるさいんだよ、おまえ。
降谷は秀治の口を塞ぐ。ただ、触れるだけのキスで秀治を黙らせた。やっぱり馬鹿には不意打ちが一番効く。
ぼーっとしている秀治を横目にタクシーに乗り込んだ。別れの挨拶もしない。流れていく景色の中に秀治はもう見えなかった。きっとまだあのあほ面で突っ立ってるんだろうなと思うと笑えてくる。
✳︎✳︎✳︎
秀治は電撃のような一瞬の出来事にぼーっと立ち尽くすことしかできなかった。降谷にキスされた。初めてされたキスを思い出す。舌を噛もうとして、無理やり口を開けられたあの強引なキスを。それとはどこか違う。馬鹿にしたような顔をしていなかった。普通に、なんとはなしにされたキスが長い尾を引く。酔っ払いの遊びだと思えばそれまでなのだが、どうにも引っかかる。
キャストの皆で家に帰った後も、秀治は一人ぼんやりとしていた。あれはなんのためのキスだったんだろうと、自分の唇に触れてみる。仕事に忙殺されて口恋しくなったのだろうか。それもありえる。あいつイカれてるから。俺なんかを助けるような男だから。そう結論を出してベッドに入った。長い一日がようやく終わる。早く明日になれ、そう願って。
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