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第82話

「……久しぶり」  会いたかったよ、と唯斗が耳もとで囁いてくる。秀治は広げられた腕の中に自ら身を委ねた。俺も、と返事をして久方ぶりの抱擁にうっとりしていると、唯斗の髪からふんわりとシトラスブーケの香りが鼻をついてきた。いい匂いだなとくんくん嗅いでいると、やめてと苦笑される。  薄茶色の瞳がじっと唯斗を見下ろしていた。その目に見つめられると体がぼっと火を放つような感覚に襲われる。緊張、羞恥、そして期待。それらが入り混じった複雑な感情に自分自身が戸惑う。 「最近お店に来れなくてごめん」  開口一口に謝罪の言葉を受けて、秀治は首を横に振る。 「唯斗さんも仕事忙しいだろうし」  今日は珍しくスーツ姿だった。仕事の合間にやってきてくれたのかもしれないと思うと、胸がきゅっと締め付けられた。 「ホテル、行かない?」  甘い声でそう提案される。こんなにすぐに決断の時がやってくるとは思っていなくて、口が開きっぱなしになってしまう。そんな秀治を見て唯斗は照れくさそうに笑う。その笑顔が可愛らしくて、秀治も照れてしまう。 「えっと、俺でよければ……」  なんとか振り絞った言葉に唯斗は目を輝かせて抱きついてきた。苦しいくらいにぎゅっと背中を包まれる。 「よかった。ホテル、もう予約してあるから」  どれだけ用意周到なのだろう。秀治は頭をぽりぽりとかく。ほんとうに、今日しちゃうんだなと心臓の音が激しくなる。 「じゃあ行こうか」  王子様のように秀治の腕を引いてエスコートしてくれる姿に、胸があたたかくなるのを感じた。

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