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第92話

 ヒューっと打ち上げ花火の上がっていくようなか細い音を上げて山岳地帯に火花が散る。降谷は支給されている耳当てをつけて地面に這いつくばった。敵の迎撃があるかもしれない。じんわりと頬に汗が伝う。焦りとは違う、恐れとも違う何かが降谷の頬を濡らしていく。コールと呼ばれる雨季の急激な雷雨に急いでテントの中に戻った。びしょ濡れになった兵服を腰の位置まで下ろし、どかっと地べたに腰を下ろす。万が一のために兵帽は被ったまま、コールが過ぎ去るのを待つ。この地では些細な体調不良も足手まといにされる。コールが近づけばテントに入り、雨から体を守るのが鉄則とされていた。 「レン。前線に車が一台向かってきている。様子を見にいくぞ」  グレイスの一声で部隊の全員が兵服を正す。カーテロの可能性も踏まえ、固定砲で壁を作る。  テントを出て前線に張り込むと、たしかに砂嵐の向こうから赤い車が走ってくるのが見えた。爆弾を積み込んでいる可能性もある。慎重に双眼鏡で運転手を見やる。まだ幼い顔立ちをした肌の黄色い少年だった。コールはいつのまにか過ぎ去り、また刺すような痛みの光の中でコープを覗く。米軍基地の五百メートルほど先で車が止まった。ゆっくりと少年が両手を上げてこちらに向かってくる。手には何も持っていないようだが、服の下に爆弾を隠しているかもしれない。最前線に重い沈黙が流れ出す。 「止まれ」  この国の出身の平和部隊の軍師長がジュダーンを構成する主な少数民族の言葉で語りかける。ぴたりと少年の足が止まった。言葉は通じているらしい。 「レン。行くぞ」

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