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第93話
降伏の意思を表す敵を無闇に撃ち殺すことはできなかった。国連会議で人権と法律についてまた議会が過熱してしまうのを防ぐためだった。世界的にも著名な平和活動家のオルビオ首長は米軍のイラク介入に懐疑的で、たびたび米軍基地にも足を運ぶ世界有数の人権保持者だった。運悪く、その本人がここの基地で現場監督に入っている。一週間の滞在と聞いているが、すでに二週間は経っていた。それでもここに居座っているのは、内部調査のためだろうとグレイスは言っていた。実際の現場で敵の人権を蔑ろにしていないか見定める場がブリャタス地帯の一つの役目でもあったのだ。
「スリーツーワン、ゴー」
グレイスの掛け声で一斉に少年に向かって一列の陣形で走り寄る。完全武装の米軍に慄いているのか、少年はがくがくと足を震えさせている。少年との距離十メートルのところでレンたちは膝立ちになった。拡声器を使って固定砲の上に立つ軍師長が少年に声をかける。
「何をしにきた。降伏か、それとも攻撃か」
少年はふるふると首を横に小さく振った。見かけで騙されてはいけない。これまで何度も少年兵が自爆テロを起こすのをこの目で見てきた。最前線に配属されてから、ほぼ毎週のように敵は少年少女を送ってきた。ぼろぼろになった服の下に爆弾用のベルトを仕込み、米軍基地を攻撃せんと何度も。降谷はそれを見るたびに悪寒に襲われる。なんと酷いことを。彼らには自分の意思は存在しない。ただ、冷酷な大人たちに逆らうことができずに死ににくるのだ。今でも目から消えないのは、自爆した瞬間の虚な瞳だった。この世に生まれてきたことを後悔するように涙を溜めてこの世を去っていく子供たち。それを止めるべく、降谷の小隊は敵と交渉することになっている。
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