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第97話

 キリスト教に改宗しているのだと情報があったが、おそらく自分の名前も西洋風に変えているのだろう。じっとりとした目つきでこちらを眺めてくる。その瞳は深い影をつくっていた。 「イルハム。おまえは家におかえり」  小さく頷くとイルハムは家族のもとに走って帰って行く。きっと、山の裏側に彼らの集落はあるのだろう。イヴァンは首長の手首と降谷の手首をロープで縛ると、二人を車の中に詰め込んだ。男たちの汗の匂いと家畜の匂いが車内に充満している。アメリカのカントリーミュージックを流しながら車はぼこぼことした山肌を登って行く。この頃にはオルビオ首長は現実を受け入れたかのように口をつぐんでいた。こんな場所に連れ込まれるなど考えてもみなかったというふうな表情で沈黙している。降谷はグレイスの言葉を思い出した。どうやって助けに来るというのだろう。全面攻撃に出るか、あるいは密偵として精鋭隊を送るか。降谷は自らの命の使いどきを考えていた。オルビオ首長を守るために、一番身近にいる降谷が身代わりにでもなんでもならなくてはいけない。その使命感に肩に力が入る。 「降ろせ」  車を降りる直前、目隠しをされた二人は足元がおぼつかないままどこかの部屋に通された。しんと静まりかえっていて不気味だ。目隠しの布を外されて、そこが石造の建物の一角だとわかる。ひんやりとしていて風が通っているのがわかる。山の中腹あたりにいるらしい。 「オルビオ首長。あなたが守ってくださった集落の長のイヴァンと申します」  皮肉たっぷりにイヴァンが言う。首長はぶるぶると震えていた。この老人は口先だけの男なのだろうかと降谷は考える。国連の議会ではぎゃあぎゃあと文句を垂れていたが、今のこの姿はどうだ。子供にも簡単に殺されるだろう。覇気のない瞳で「そうか」と答えると、首長はイヴァンに頭を殴られた。床に叩きつけられ、弱った体では一人で起き上がることも困難なようだ。

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