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第103話
「じゃあ行くよ。母さんが待ってるんだ」
イルハムは颯爽と部屋を出て行った。しっかりと鍵を閉めていったらしい。しっかりした子だ。この地に生まれなければ、どこでもうまく生きていけるだろうに。降谷はぼんやりとそんなことを考える。母国で待つ父と母に思いを馳せた。二人とも軍人になることを喜んでくれた。どんなことがあっても私たちの息子だと、誇りに思っていると言ってくれた。今の俺をまだ誇りに思ってくれるだろうか。きっと、二人に真実は話せない。俺の話を聞いたら苦しんで復讐しようとするかもしれない。それでは意味がないのだ。
「おまえも立ち会え」
昼時を過ぎた頃、イヴァンがやってきてそう命令してきた。オルビオ首長の処刑に立ち会えという意味だろう。ゆっくりと壁に手をかけながら立ち上がる。
「まだ痛むか」
尻に手をやられ抵抗するのを諦める。昨夜のことを思い出して身が千切れそうな思いになる。思い出したくない。もう二度と、あんな夜。
「入れ」
放送用の部屋だろうか。赤い布を壁に貼り付けた前にオルビオ首長の姿はあった。この一日でずいぶん歳をとったように見える。目は充血し腰は曲がっている。威厳に満ちた彼の姿はもう欠片もない。
映画撮影さながらのビデオの先に正座をさせられる。処刑役の男が大きな鉈を持って構えていた。降谷は祈るように正面を見据えた。どうか、我が身に幸運をお与えください。彼を守るために命を捧げさせてください。元々クリスチャンの家系で、軍人になるまでは毎日教会に通っていた。神に祈れば、少なからず恩恵を与えてくださるだろう。
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