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第104話

「始めろ」  イヴァンの一言でシンとその場が静まり返る。聞こえるのは自分の吐息と首長の荒い息遣いだけだ。 「国連議会に告ぐ。我々はオルビオ首長を捕らえた。要求は三つ。一つ、我々の住処から米軍を退却させること。二つ、国連の食糧庫を山の麓に用意すること。三つ、アメリカの迎撃機の射程範囲からこの地域を外すこと。以上だ。三十分後にまたビデオを回す」  今の映像は世界中に流されていることだろう。降谷はすぐ隣で震えているオルビオ首長を見やった。あんたが来なければこんなことにはならなかった。ただ、それだけに尽きる。    刻々と時間は過ぎていき、国連議会から電話が入った。イヴァンが堂々とそれを受ける。 「決めたか」  訛りの強い英語でそう問い正す。その瞬間、突風に襲われた。この耳をつんざくような音。爆撃か。降谷は咄嗟に手首を縛られたまま首長の体に覆い被さる。ついに米軍が攻撃を始めたらしい。この場で撃ち殺されるとわかってか、イヴァンはすぐさま外へ出る。処刑の準備をしていた男が首長と降谷を取り押さえる。今にも鉈が振り下ろされそうになった。 「降谷!」  聞き慣れた声が部屋の外から聞こえてきた。直後、ライフルの連弾が耳を掠める。鉈を持った男を制圧した後、素早く米軍が部屋の中に入ってくる。降谷は膝をついて目の前の男に叫んだ。 「グレイス! イヴァンが外に逃げた。車で裏手の集落に逃げ込むつもりだ」 「わかった。聞こえたか。イヴァンは屋外にいる。見つけ次第射殺しろ」  首長と降谷の拘束が解かれる。痛む体をなんとか起き上がらせてグレイスの後についていく。すぐそこに機動部隊のヘリコプターが停まっていた。どうやらこれで突入してきたらしい。 「すぐに山を降りろ。ここは危険だ」  グレイスに急かされヘリコプターに乗り込む。硬直したままの首長にシートベルトと耳当てをつけた。 「行け! ここは俺たちがやる」  ゆっくりとヘリコプターは上空に上っていく。眼下にある鬱蒼とした森も、険しい山肌もすべて見下ろすことができた。これが最後になる。この場所にはもう二度と来ることはない。そう安心すると、涙が溢れてきた。なぜ? と目を擦る。見れば正面にいる首長も静かに涙をこぼしていた。体が脱力し、今更ながら疲労と睡魔がやってくる。重い瞼を開けようとして、力が入らず背もたれに沈んだ。

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