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第105話 夜明けの足跡
降谷ははっと目を覚ました。また、あのときの夢。イヴァンはその後すぐに狙撃され死んだという。国際誌の片隅に3行だけ載せられた文章が降谷の功績だった。イラクの武装組織といえでも、その数は何種類もある。イヴァンの一族はそのたった一つに過ぎなかった。
米軍基地に着陸後、すぐに二人は母国へと帰還させられた。病院で何週間も過ごしたことを思い出す。CIAの尋問も何度も受けた。ポリグラフテストをしたのもどこか懐かしい過去になりつつある。しかし、あの夜のおぞましい記憶だけは降谷を解放してくれない。医師からは帰国兵によくあるPTSDの一種だとの診断を受けた。何もせず休み続けるのにも飽きたある日、ニューハンプシャーの自宅で暮らしている間も日本への懐古が後をたたなかった。もう一度、あの美しい国に戻ることができたらこの鬱々とした気分も良くなるのではないか。ウォール・ストリートを練り歩きながらもそう感じていた。朝晩に飲む抗うつ薬と、睡眠導入剤はたびたび種類は変われど効果はあるように思う。日本の精神科も自分のスタイルと合っていて、カウンセリングも文句の一つもないほど充実している。
しかし、日常に完璧に戻ることができないでいた。普段は貿易会社でサラリーマンとして働くことができるが、ふと一人になるとあの記憶が甦ってくる。思い出したくもない記憶を消すことはどうやってもできない。だからそんな自分に苛ついて物に当たることもある。
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