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第112話
背中に感じる降谷の熱にどぎまぎしながら、降谷は秀治の指に手を絡めてくる。また温かい手のひらにぎゅっと握り込まれて、蟹が滑って皿の上にカランと乾いた音を立てて落ちる。
「男の味は覚えたのか」
「なっ」
どこで聞いたのだろう。返答に困る質問に黙りこくっていると、蟹の足を頬に埋め込まれた。ちくちくとした蟹の足の産毛が当たってちょっと痛い。
「どうだった」
な、どうって言われても……じっと、すぐそばで青い瞳と目が合う。その瞳は暗く光を失っていて、なんだか降谷が遠い場所にいるように感じてしまう。
「わ、悪くはなかったよ。優しかったし」
そうか、と降谷は蟹を頬から離してくれた。なんなんだ一体。
「王子様に好かれてよかったな」
相手が唯斗だと知っていたことに秀治は驚きを隠せない。クインあたりが口を滑らせたのだろうか。
「クインから聞いた。随分熱心に惚れ込んでるらしいと」
「……あんたには関係ないだろ」
どうしてこの場でそんな話を持ち出してくるんだろう。その目を見つめているとぐいっと顎を掴まれた。
「生きててよかったろ。おまえ」
「っ……礼でもしろっていうのか」
短い沈黙の後に降谷がはっと自嘲的に笑う。そして唇が触れる限界まで迫ってきた。きゅっと目を閉じると、そのまま肩を抱きすくめられた。
「……しておけばよかった」
「離せよ」
ぽつり、と泣きそうな声で降谷が呟く。なんなんだ一体。調子が狂うじゃないか。
無理矢理その大きな身体の中に抱きしめられる。触れた場所がじんわりと熱を持っていく。
「俺がおまえを酷く抱いてやればよかった」
「っ」
言葉を失う。なんで今そんなことを言うんだよ。
髪を静かに撫でられる。降谷の吐息が首筋を掠めた。
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